烏野に来てからの飛雄は、なんだかずいぶん丸くなった。先輩に可愛がられることを知ったからかもしれないし、遠慮のいらない関係を保てる人が増えたからかもしれない。相変わらず笑顔は下手だけれど、元々真っ直ぐだったから、きっと環境がそうさせているんだろうと思う。何にせよ、どんどん成長していく姿を近くで見守っていられるっていうのは、とても楽しい。
「わりいなまえ」
噂をすれば、なんて思いつつ、声の方へ顔を向ける。歩み寄ってきた飛雄は、私から視線を逸らさないまま隣の席に座った。
「どうしたの?」
「辞書忘れた」
「あーね。次で使う?」
「ん」
意外と重いし幅とるしそんなに使わないし、忘れがちになるよね。分かる分かる。でも飛雄はちょっと忘れ過ぎかな。
忘れ物を貸すのは、これが初めてじゃない。たぶん、週に三日くらいは何かしら借りに来ている。まあ、クラスも離れているし放課後はバイトがあるしで、中学の時よりも会う頻度が減ってしまったものだから、たとえ数分でも飛雄の顔を見れるのは嬉しいんだけど。
「帰ったらちゃんと次の日の準備しなよ」
カバンから出した電子辞書を差し出せば、こくこく頷いた飛雄は「さんきゅ」と言った。そうしていつものように、飴玉をくれた。色的に、今日はりんごかいちご味かな。以前、美味しかったよって伝えてからというもの、貸し借りをする度にこうして与えてくれる。たぶん、お母さんが買ってくるのだろう。
用は済んだのに、チャイムが鳴るぎりぎりまでクラスに帰らないのも、いつものこと。
「あ、ねえ」
「?」
「今度、部活見に行ってもいい?」
「バイトあるんじゃねえのか?」
「人数増えて落ち着いたから、休みも増えそうなの」
ぱちくり。丸まった瞳が、徐々に輝いていく。顔には出ない。けれど、喜んでくれていることはハッキリ感じられて、安堵の息が小さく漏れた。中学の頃はピリピリしていて言い出せなかったけれど、本当はずっと、もっとすぐ傍で見守っていたい。
「飛雄に会いたいなーって思うんだけど、ダメ?」って聞いたら「ダメじゃねえ」って返事の後、照れくさそうに視線を逸らしながら、たっぷり間を置いて紡がれた言葉に頬が緩んだ。
俺も会いてえ、だなんて、もう。急にデレるのは反則ですよ。