付き合って早五ヶ月。いや、付き合っているかどうか定かではないけれど、とりあえず「てめえは俺のモンだろが」って言葉に頷いたあの日から早五ヶ月。ちょっと優しくしてくれるかなって期待を見事に打ち砕いてくれているかっちゃんは、相変わらずツンツンだ。好きな子ほどいじめたくなる、みたいな、そんな感じなんだろうか。


「ちょっと違うんだよなあ」


はあ、とこぼれた溜息がコーヒーへ沈む。

仮にもしそうなら、デクくんみたいにもっと構ってくれている筈である。まああんな構われ方は勘弁願いたいけれど、皆と変わらない扱いっていうのもちょっと寂しい。


なんて氷をくるくる回していたら、視線が降ってきた。
梅雨ちゃんかな、瀬呂かな。あいにく、今は誰かと楽しく話せる気分じゃない。ごめんね、と心の中で謝りながら、気付かない振り。なのに、いつまで経っても視線は消えてくれなかった。用があるなら、話しかけてくれればいいのに。

そう、仕方なく顔を上げた先。視界に飛び込んできたのは、落ち着いた赤色だった。予想もしていなかった人物に一瞬心音が乱れる。


「コーヒー飲む?」
「………」


グラスを傾けてみせれば、ほんの少し動いた静かな瞳とかち合った。

いつもなら、素っ気ない『は?いらねえ』か『さっさと淹れろやカス』って暴言付きの返事が寄越されるのに、今日はどうしたのか。珍しく表情の薄い眉間には、うっすらとしたシワが刻まれている。

何も言わずに頷いたかっちゃんは、ようやく視線を逸らして隣に座った。なんだか様子がおかしい。とりあえずグラスを用意し、文句を言われる前にアイスコーヒーを注ぐ。カラン、と、氷が鳴った。


「体調悪い?」
「……別に悪かねぇ」
「そう……なら良いんだけど」


それ以上かける言葉は思いつけないまま、口を噤む。やっぱり変だけれど、体調も機嫌も悪くはないらしい。こんなかっちゃんは初めてで、なんとなく落ち着かない。ここに誰もいないことがせめてもの救いか。横目に盗み見た喉は緩やかに上下していて、小さな吐息が空気を震わせた。


不思議。早く誰か来てって気持ちと、このまま誰も来ないでって気持ちが胸の中でせめぎ合う。

かっちゃんは私に、何を望んでいるんだろう。一体どうして欲しいんだろう。わざわざ隣に座ったことには、きっと意味があるに違いない。でも言葉を持たないまま察することが出来るほど、爆豪勝己という男を知っているわけではなかった。全部を知るには、まだまだ時間が足りない。


カラン。
グラスの中で、溶けた氷が鳴る。

先に沈黙をやぶったのは、かっちゃんの方だった。「なまえ」と紡がれた名前に驚きながらも、つとめて優しく返事をしつつ顔を向ける。刹那、いつの間にかこちらを見ていた瞳が細められ、薄い唇が動く。


「てめえは俺のモンだからな」


たったそれだけを告げた彼は、私が答えを探し当てる前に立ち上がった。そうして、透明な氷だけが残ったグラスをシンクへ置く。本当は、もっと別の何かを言おうと思っていたのかもしれない。エレベーターへ歩いていく背中は、私にそう勘繰らせるほど、どこか不満気に見えた。

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