離れるな。
そう言わんばかりにお腹へ回された腕。言葉もないまま私を足の間へ座らせた治崎さんは、なんとなくご機嫌斜めだった。

そのくせ、背中から伝わる体温はいつも通り優しい。また病人を治療してきたのか、敵連合と会ってきたのか。私を傍へ呼ぶ時は大抵どちらかだけれど、はてさて。
困惑した頭では、聞き出すための言葉を探すことすら難しい。


「蕁麻疹は大丈夫なんですか」
「ああ。お前には出ない」
「……耳元で喋らないでください」
「ぞわぞわするから、か?」
「分かってるなら控えてくださいよ……」


全く。マスク越しとはいえ、いつ聞いてもずるい声だと息を吐く。粟立った背筋は、凭れることで誤魔化した。


私が心底その低音に弱いことは、恥ずかしながら随分と前に知られている。抗議したことだって一度や二度ではない。その度に、普段の酷薄さなどおくびにも出さず、双眼を細めてとても緩やかに笑う姿を目にしてきた。

いつもなら、このままフェードアウトして別の話題に移る。なのに、やっぱり今日はご機嫌斜めらしい。耳へぴったり寄せられた唇は、わざとらしい甘やかさをもって「なまえ」と囁いた。


「っ、」


思わず震えた体はしっかり抱き竦められ、逃げることも適わずに、ただただ熱が膨れ上がる。鼓膜のずっと奥まで痺れを帯びて、全身の血液が沸騰しそうだ。たぶんもう、治崎さんの体より私の方が熱い。幸せだとは思う。ただ、どうしたらいいか分からなくなるから勘弁して欲しい。


「……今日は意地悪ですね」
「普通だ」
「嘘。治崎さんらしくないです」
「……」
「何かあるなら言ってください」


降ってきたのは沈黙。仕方なく白い手袋越しに手を握って「治崎さん」と促せば、ようやく観念したのか、溜息が聞こえた。ついで呟くようにこぼされた言葉に、耳を疑う。全思考が一旦止まって、ゆっくり噛み砕いたそれがぐるりと一周する。

「最近、玄野と良く居るだろ」なんて、治崎さん。もしかしてそれ、ヤキモチです?

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