大学で知り合った彼のプロポーズを受けたのは、ただの惰性だった。とは言え、それなりの恋心は持ち合わせている。忘れられない人がいる私に、それでもいいと言ってくれた優しい人。傷つけたくはなかったし、出来るだけ応えたかった。

でもやっぱり、迷いはあったんだと思う。盛大にやろうねってたくさん呼んだ友人の中。忘れられない赤色を一番に見つけることが出来てしまったのは、たぶん、そういうこと。


交わった視線を、人影のない場所へ誘導する。無視される覚悟はしていた。でも彼は一瞬目を伏せた後、すんなり連れ出されてくれた。


「忙しそうなのに来てくれたんだね」
「別に、半日あけるくれぇどうってことねぇわ」


少し背が伸びただろうか。体格もがっしりして、随分とプロの顔付きになったものだ。あんなに暴君だったくせに、今ではすっかり人気の若手ヒーローで。

ただただ湧き上がるのは、この場に不似合いな寂しさ。


上手くやれると思っていた。嘘じゃない。確証も何もなかったけれど、そう信じられるだけの鮮やかな恋だった。ずっと、勝己のものでいたかった。
なのに、背伸びをすればするほど、心は遠ざかってしまった。私の隣で幸せそうに笑っていた日々も何もかも、全部、まるで嘘だったかのように。


祝いなんざ言わねえからな、と、勝己は言った。振ったのはあなたの方なのにね。変な人。


「期待しちゃうから、言ってよ」
「期待?」
「連れ戻してくれるかなって」
「はっ、ンな格好のてめえをか?」
「……うん」


本当は行かせないでほしい。
もう一度、その腕で愛してほしい。

今にも緩んでしまいそうな涙腺を慌てて留め、溢れ出す未練を嚥下する。勝己の瞳が、ほんの少し見開かれる。そうして鼻で笑ったかと思えば「バカ言ってねえで、大人しく幸せンなっとけや」と、目尻を撫でられた。そのまま涙を拭うかのように肌を滑る指先が、いっそ憎らしいほど優しくて笑ってしまう。


そうだね。幸せになるよ。
勝己じゃない、優しいあの人の隣で。
うんと幸せになって、その中で祈るよ。
今日で過去になる、あなたの幸福を。

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