気になるあの子
爪先立ちで踏ん張って、精一杯片手を伸ばしながら、自分の小さな背を恨む。可愛いと言ってもらえはするけれど、高い所に手が届かないのは、とても不便だ。台や脚立がないあたり、そもそも用意するほどの高さでもないのだろう。
私の背が、あと十センチ高ければ。幼い頃から何度思ったかわからない願いを、溜息に乗せて逃がす。
誰かに頼もうか。でも、もう少し頑張れば取れそうな気もする。
せめてもう一回くらい挑戦しようと、背伸びをし直した時。
「これか?」
伸ばした指の先にある本の背表紙を軽く叩いたのは、見知った無骨な指。一瞬思考がフリーズして「おい、聞いとんのか」と、投げられた声に引き戻される。ふわりと香る、微かな甘い匂い。
踵をおろして振り向くと、第二ボタンまであいているワイシャツが、視界いっぱいに映った。
「爆豪くんだ」
「あ?」
相変わらずの仏頂面が、訝しげに顰められた。綺麗な顔立ちに、いつも通りの赤いルビー。至近距離で輝くそれに少し見とれながら、慌てて返事をする。
背伸びをすることもなく、再度手を伸ばした爆豪くんは、易々と取った本を渡してくれた。
「ありがと」
「チビのくせに無理してんじゃねぇわ」
「ごめん。頑張ったら、いけるかなって思ったんだけど……」
「しょげんなうぜぇ」
わしわし。大きな手が、ぶっきらぼうに私の頭を撫でていく。ぐしゃぐしゃになる髪と一緒に、心までかき乱すような荒っぽさが心地いい。これでも一応、慰めているつもりなんだろう。
なんでも卒なくこなせて、手先も随分器用なのに、人付き合いだけはとても不器用なのだから笑ってしまう。
こんな風に助けてくれるようになったのは、丁度一週間くらい前からか。忘れもしない満員電車の中。吊り革すら握れないでいる私を支えてくれたのが、顰めっ面の爆豪くんだった。
「まだいるモンあんのか?」
「あ、うん。あるけど……」
「取ってやっからさっさと言え」
息を吐いた彼は、どれだと言わんばかりに本棚ヘ向き合った。せっかくなのでお言葉に甘え、いくつかお目当ての本を取ってもらう。
何の気なしに読みたい本を選んだのだけれど、予想以上のずっしりした重さに腕が死にそうだ。持って帰れるかな。
脳裏を過ぎった一抹の不安は、けれど、腕の中の本と一緒に、爆豪くんがさらっていった。私は両手で精一杯の重量を軽々と片手で持つあたり、男の子だなあと実感する。
本当にどうしたんだろう。
近頃、とても親切にしてくれるけれど、今日も寮まで送ってくれる気なのだろうか。そもそも図書室に用事なんてなさそうな彼のことだから、もしかすると、私を探しに来てくれたのかもしれない。
おかしいな。心臓がどきどきして、湧き上がる嬉しさに、どうしたら良いのか分からない。
じんわりと胸の内を覆うあたたかいこれは、何だろう。
「ば、爆豪くん」
さっさと貸出カウンターへ向かう背中に、声を掛ける。
顔だけ振り向いた彼の瞳は、とても穏やかで。「んだよ」と返ってきたぶっきらぼうな声も、どこか落ち着いていて。「ありがと」と駆け寄った私の頭を、やっぱり雑に撫でた手は、優しさを孕んでいた。