近頃、なんとなくかっちゃんが素っ気ない。
それなりに返してくれていた相槌もなく、適当にあしらわれることが増えた。

付き合って三年目。そろそろ飽きたのかなあ、なんて寂しく思う。でもたぶん、私に飽きたわけじゃない。ただ、隣にいることが当たり前になっている現状が退屈なだけ。まあ確かに、手を繋ぐだけでドキドキしていた頃に比べて、この心臓は随分といろんなことに慣れてしまった。高鳴ることが少なくなった、とでもいえばいいのか。


「ね、最近出掛けてないし、どっか行こうよ」
「行き先決めてから言えや」
「んー……あ、折寺冷やかしに行く?」
「は?」


ようやくこちらを向いたかっちゃんに笑ってみせる。あまり乗り気ではなさそうだけれど、抱き着いてお願いしたら怒りながらも渋々了承してくれた。

そうと決まれば、早く着替えて化粧をしなくちゃ。かっちゃんを待たせないよう、急いで部屋に戻って支度をする。整えた髪もちょっと小洒落た服も、今日はかっちゃんを退屈させないための大事な材料だ。この間買った新作リップで仕上げをすれば、いつもと一味違った私が出来上がる。


財布とスマホとハンカチをカバンに詰めて急ぎ足で迎えに行けば、私を見るなりほんの少し固まったその表情に、頬が緩んだ。かっちゃんのためだけに誂えた私は、どうやら気に入ってもらえたらしい。寮から出ると、珍しくかっちゃんの方から手を繋いでくれた。




「わあ、全然変わってないね」
「たりめえだろ。卒業してンな経ってねえわ」
「でももう半年じゃない?」
「まだ半年だろが」


ぶつくさ言いながらも暴言が出ないあたり、機嫌は悪くないらしい。

警備員さんに挨拶をしてから、お互いの教室や体育館、中庭なんかを見て回る。三年間制服で通った場所に私服で立っているっていうのは、なんだか妙な感じだ。古典の授業は睡眠タイムだったとか、数学の先生のくしゃみが面白かったとか、そんな思い出話に花が咲く。

日曜だっていうのに部活があるんだろう。ちらほら生徒を見かける度、ぴくりと震えるかっちゃんの手は、けれど、ちゃんと離れずにいてくれた。


「あ、ねえ、ここ!」
「あ?」


喧騒から隔絶された、特別教室ばかりの校舎裏。春になると桜が綺麗で、在校生のちょっとしたお花見スポットになっている場所。丁度あの時も、こんな季節だったかな。足を止めて「懐かしいね」と笑いかければ、かっちゃんも気付いたようだった。


「はっ、良く覚えてんな」
「もちろん。凄い嬉しかったから」


私が初めて想いを伝えて、かっちゃんがぶっきらぼうに応えてくれた始まりの場所。

あの時と同じ校舎の陰に立って、向かい合う。変わったことと言えば、私達の関係性。それからかっちゃんの身長と、逸らされない視線。こうして見つめ合うことにも、お互い照れなくなったね。


「ね、このまま好きって言って」
「はあ?」
「あの時は目ぇ逸らしたでしょ」
「るせえな。面と向かって言えってか?」
「うん。私も言うから、言って欲しい」


呆れたような、照れくさそうな。なんとも言えない顔をしたかっちゃんは、舌打ちをしてから私を見下ろした。言ってやるから早くしろって眼差しが、なんとも嬉しい。


「かっちゃんが好きです」
「……俺も好きだ」
「これからもずっと好き」
「…勝手に続きぶっ込んでくんなカス」
「良いじゃん。今の私の気持ちですよ」
「ったく、……クソなまえ」
「うん?」
「そのクソ甘ぇセリフ、忘れやがったらぶっ殺す」


ぐ、と顎を掴みあげられ、噛み付くようなキスに反射で目を閉じる。もちろん驚いたけれど、頭が真っ白になる程じゃない。やっぱりいろんなことに慣れてしまった。慣れてしまえるくらい、とても長い間、傍にいた。この幸福感が退屈だっていうなら、明日も明後日も、来年も再来年も、五年後も十年後も、きっと私達は退屈だ。

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