女の子みたいに可愛かった頃を、ふと思い出す。

私に倣い、髪を結ぶことを覚えたはじめに、可愛らしいリボンで二つ結びにされてぎゃん泣きしていた徹は、昔からみんなのアイドルだった。愛想もルックスも良くて高身長。おまけに強豪のバレー部主将とくれば、放っておく女子は少ない。そのくせ、中身はただの男の子なのだから笑ってしまう。

はじめとくだらないことでじゃれ合っている姿は、あの頃と大差ない。


「じゃあね、岩ちゃん」
「おう。明日寝坊すんなよ」
「私がいるから大丈夫だよ」
「それもそうだな」
「ちょっとどういう意味!?」
「まんまだボケ。じゃあななまえ」
「うん、またね」


家へ入っていくはじめを見送りながら「ほんと失礼しちゃうよねー」なんて口を尖らせた徹は、するりと手を繋いでくれた。

そこからそこまで。岩泉家から及川家までのこの短い距離でさえ、彼の優しさに抜かりはない。三人で帰る時は、必ず二人きりになってから触れてくれる。きっとはじめへの配慮であり、私への気遣いだった。こういうところも、昔とあまり変わらない。



「お邪魔します」
「はいどーぞー」


及川家にあがり、おばさんに軽く挨拶をしてから徹の部屋へ向かう。ご飯に呼ばれるのも、そのまま泊まりになるのもいつものことだった。

及川家の納戸には、昔から私の着替えが詰まったボックスが収納されている。歯ブラシだって洗面所にお邪魔していて、なんなら第二の自宅と言っても過言ではないかもしれない。


「はぁー疲れたー」
「お疲れさま」
「んー」
「ブレザー皺んなるよ」
「んー……脱ぐ」


だらしなくカーペットに寝転がった徹から、器用に脱がれたブレザーを受け取る。もそもそ身じろぎながらネクタイとベルトを取る姿は、さながら芋虫のようだ。

ついでにそれらもハンガーへかけてあげながら「私はお母さんじゃないんだけどなあ」って拗ねてみせれば、笑い声があがった。


「なまえも転がればいいじゃん」
「えー?」
「ほら」
「そうやってファンの子誑かしてるの?」
「まさか。ちゃんとお前限定だよ。及川さんのここは」


自分の胸元を軽く叩いた得意気な徹に、つい頬が緩む。悔しいかな。私が特別扱いに弱いことを、この男はとても良く知っていた。

同じようにブレザーを脱いで、ハンガーにかける。それから、隣へごろり。暑さに配慮して少しあけた距離は「もっとこっち」と背中へ回された手によって、容易く詰められてしまった。もちろん抗う理由なんて探せるはずもなく、そのまま胸元に埋まる。

ぴったりくっついた箇所から徹の体温が広がって、やっぱりちょっと暑い。


「相変わらず控えめだね」
「そうかな」
「そうだよ。もっと甘えてくればいいのに」
「でも、疲れちゃわない?」
「ぜーんぜん。むしろなまえ不足で死にそ」


言うが早いか、優しい力加減でぎゅうっと抱き締められる。幼い頃から一緒にいたのに、それでも意識してしまうのは、内にこもる熱のせいか。しっかり筋肉のついた体はちゃんと男の子で、なんだか気恥ずかしい。

誤魔化すようにめいっぱい抱き着いて、ゆっくり深呼吸をしたところで、はたと気付く。鼓膜を覆う徹の心音も、私と同じように少し早かった。

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