「いい加減にしてよ……」


強がったはずのそんな言葉は、自分でも情けないほど弱々しく、初めて入れてもらったリビングに響いた。振り向いた爆豪くんの顔は見れなかった。いつも冷たさを孕んで鼓膜を刺す落ち着いた低音が「あ"?」と、波立ったからだ。

きっと怒っている。面倒な女だと思われているに違いない。私だってそう思う。でも、仕方ないじゃない。


交わらない視線。素っ気ない相槌。伸ばされない手。触れ合うどころか掠りもしない心の内は、どう頑張ったって見えやしない。せっかく彼女になれたっていうのに、当初からの距離感は他人と変わらないまま。

もちろんマスコミが嫌いなことも、第一優先が仕事であることも、皆からからかわれるのが嫌なことも分かっている。でもせめて、誰の目もない二人っきりの時くらいは構って欲しいと思う。そんな時間を取ってくれたっていいでしょって思う。


舞い上がるほど嬉しかった日は、まるで遠い過去のよう。彼の恋人である自信はどんどん薄れて、不安で眠れない夜は十を過ぎたあたりから数えることをやめた。そろそろ、限界だった。


「好きじゃないなら、無理に付き合ってくれなくて良かったよ」


ああ、言いたくなかったなあ。これって私が弱いのかなあ。私が我慢しないとダメだったのかなあ。

目の奥を覆った熱が溢れ出す。もう形の判別すらつかないこんな滲んだ視界じゃ、顔を上げたって伏せていたって、彼の顔なんか見えやしない。なのに、怒っていることはとても良く分かる。

爆発音と揺らいだ空気。「勝手に決め付けてんじゃねえ」と地を這った低音が、荒い足音と共に近付く。


「プロにもなって泣きゃ良いと思っとんのか。別れてえんなら好きにしろやクソが」
「……引き止めても、くれないんだね」
「あ"?」
「そりゃそうだよね、……私のこと、好きじゃないんだもんね……っ」


ぼろぼろ落ちていく大粒の涙を袖で覆う。そんな言い方ってないよ。酷い人。

憧れは憧れのままで置いておけば良かったのだと、後悔の波が押し寄せる。このまま死んでしまいそうなくらい胸が痛いのは、それでもまだ好きだから、なんて。私もつくづくバカな女。


震える足を無理矢理動かし、ドアノブを握った。けれど何を思ったか、突如伸ばされた爆豪くんの腕が、逃げ出すことを許してはくれなかった。抵抗する暇もなく強く抱き締められ、後頭部を押さえつけられるままに広い胸元へ顔を埋める。

こんなこと、今まで一度だってしてくれなかったくせに、もうわけが分からない。


「俺がいつ好きじゃねえっつった?」
「っ……」
「泣いてねえで答えろや」
「……っ言って、ない……けど、」
「けどンだコラ」
「キスも、ぎゅーもしてくれない、し、名前も呼ぶなって……っ」
「ンなモン、変に勘繰りやがるゴミ共に張られねえ為だろが。他のプロにバレてもクソめんどくせえしよ」
「っ、知ってる、けど……!」
「あ"ーーー、ッせえな!!!」


ドンッと押し付けられた肩から衝撃が広がる一歩手前。開きかけた唇を噛み付くように荒く塞がれ、胸に刺さった棘ごと一気に思考が弾けた。

真っ白で何も考えられないまま、割り入ってきた舌へ口腔を荒らされる。思わず抜けた腰は、ちゃんと大きな手が支えてくれて「キスとぎゅーと……あと何だ。名前っつったか?クソなまえ」と目前で舌打ちをした爆豪くんに、また涙が溢れた。

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