「だから動かないでって」
「せえな。さっさとしろやノロマ」
「はいはい私が悪うございましたー」
「あ"?喧嘩売っとんのかコラ」
「まさか。勝てない喧嘩は売らないよ」
「良い度胸してやがんなてめえ…」
「お褒めに預かり光栄ですー」
「癇に障る言い方すんじゃねえカスなまえ!」
「ん"ん"ん"……!」


ギリギリギリ。掴みあげられた顔の骨が悲鳴をあげる。情け容赦なく握り潰そうとしてくる腕を叩けば謝罪を強要され、素直に謝まったところで漸く解放された。

乙女の顔面を片手でわし掴むとは、なんて野蛮な男だ。いや、こいつが野蛮なのは今に始まったことじゃないけど、間違っても怪我の手当てをしてくれている人に対する態度ではない。そのくせ、わざわざ村はずれにある私の家を訪ねて来るあたり、何を考えているのか良く分からない。体良く使われているだけなのか、それとも私に会いに来ているのか。


出会ったのは、凡そ半月前。森の中、脇腹に怪我を負って殆ど意識のなかった彼を、真っ直ぐな瞳の竜が護っていた。傷口を舐めている竜はとても大きかったけれど、不思議と怖くなかったことを覚えている。

それでも説得出来るまでそれなりの時間は要したし、吹かれた火で軽い火傷をしたり、重くて運べなかったりと、あの時は本当に大変だった。思い出すだけで溜息が出る。まあ、面倒を見てあげている分、深かった傷口はちゃんと塞がりつつあるので、そこは良かった。


「だいぶ良くなってきたね」
「そうなんか」
「うん。もう痛くないでしょ?」
「元々ンな痛くねえわ」
「意地っ張り」
「張ってねえわクソが」


全く、この短気と口の悪さはどうにかならないものか。男前なのに勿体ない。

ちらりと視線を上げれば、まるでルビーのように綺麗な瞳とかち合った。一体どこで生まれ育ったのか。この辺りでは見ない色。気を抜けば、うっかり吸い込まれてしまいそうだ。本当、勿体ない。


片眉を上げた彼は、私が溜息を洩らすなり物凄い勢いで眉間にシワを寄せた。「人の面見て溜息吐くんじゃねえ」なんて、どの口が言うのか。


「はい、出来たよ」
「ん」


無事に留め終えた包帯をぽんぽんと叩けば、まるでお返しだと言わんばかりに雑な手付きで頭を撫でられる。

マントを翻した去り際。ぶっきらぼうに置いていかれた「ありがとよ」に、ちょっとだけ浮かぶこれは何だろう。

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