右も左も分からないマネージャー業で、皆に助けてもらいながら、誰よりも頼れる夜久さんの背中を見て育った。私が一人で抱え込まないよういつも気にかけてくれて、何かあったらすぐ言えよって背中を押してくれて。

その強かな優しさに恋をするまで、ほんの一瞬だった。


「え……みょうじ?」
「はい、みょうじです」


体育館に入るなり、いつものように駆け寄ってきてくれた夜久さんは、大きな瞳を更に大きく丸めて瞬きを繰り返した。そんなに凝視されると、なんだか恥ずかしい。やっぱりちょっと似合わなかったかな。

自然と伏せった視界で、短くなった毛先が揺れる。


胸元まであった髪をバッサリ切ったのは、つい昨日のこと。もちろん失恋したわけではないし、気分転換でもない。私の恋心を知っている黒尾先輩が、夜久さんの好きなタイプはショートカットだと教えてくれたからだった。一応研磨にも確認したし、嘘ではないだろう。でも似合っているかどうかは、また別の話。正直自信なんて全然ない。


「やっぱり変ですかね……。短くしたことって今までなくて」


上目に窺った夜久さんはハッとしたように肩を跳ねさせ、それから、胸の前でぶんぶん手を振った。「や、似合う!似合ってるよ!」と一生懸命に励ましてくれるのは嬉しいけれど、その視線が泳いでいるのはどういうことなのか。物凄く不安だ。不安だけれど、この先こんなに素敵な機会があるかなんて分からないから、きっとスルーはしちゃいけない。


「あの、私大丈夫なので、気を使わずに教えて頂きたいんですけど」
「え、うん。何?」
「夜久さん的にどうですか…?」
「どっ、……うん!?!?」


ビックリしたらしい彼の声が、体育館内にほんのり響いた。ちらほら集まったいくつかの視線の中、黒尾先輩のニヤニヤ顔だけがハッキリ感じ取れる。見守ってくれているのか、単に面白がっているのか。

まあそんなことはどうでもいい。私にとっては、一瞬戻ってきた夜久さんの視線が再び泳ぎ出してしまったことの方が重要だ。ほんのり顔が赤いような気がしないでもないけれど、もしかしたら夕陽のせいかもしれない。


「えっと、みょうじ?」
「はい?」
「その……俺的にどうって、髪型のことだよね…?」


髪型以外に何かありますか、と言いかけて気付く。私の聞き方がまずかった。どうですかってだけじゃ、まるで―――。


「あれ、何で二人して赤くなってんすか?」


私の頭上から顔を出したリエーフに、夜久さんとの間に流れていた空気が分断される。相変わらずタイミングがあれな後輩だけれど、これはこれで助かったかもしれない。まるで告白みたいだって意識してしまったら、きっと恥ずかしくて、この後のマネージャー業に支障が出ていただろう。

きょとんとしたリエーフは、すぐに寄ってきた怖い笑顔の黒尾先輩に引っ張っていかれた。手のかかる後輩を見送った後、夜久さんと顔を見合わせて、それから揃って吹き出す。


「似合ってて可愛いよ」


窓から射し込む夕陽の中。照れくさそうに笑った彼のたった一言は、とっても容易く、私を幸せで満たしてくれた。

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