いつもより騒がしい教室内で、シャーペンを走らせる。

視界には、びっしり敷き詰められた問題文。隣の人と協力して、教科書を参考に解きなさい。そう配られたこのプリントは、残った分だけ課題になるらしい。こんな時だけ凄まじい熱意を発揮する皆は、あーでもないこーでもないと、ざわざわ奮闘していた。


「みょうじ、そっち解けた?」
「んー……あと三問かな。菅原は?」
「俺もそんくらい。頑張ろうな」
「うん」


明るい笑みに、笑みを返す。
あまり話したことはなかったけれど、隣が菅原で良かった。

押し付けたり、すぐに飽きたり、遊んだり。そんな無責任なタイプではない上、とても愛想がいい。気を遣ってくれているのか、それともそういう性分なのか。ちょくちょく励ましの言葉までかけてくれる。計算ばかりでパンクしそうな頭も、つい投げやりになってしまいそうな気力も、こうして平静を保てているのは彼のおかげだ。


一息ついて、垂れた髪を耳へかける。
きっと、先生の数少ない良心だろう。応用続きだった前半に比べ、残りは比較的簡単だ。

最後の答えを書き終え、両腕を伸ばす。固まっていた肩がパキッと鳴った頃。「お疲れ」って声に顔を向ければ、丁度終わったらしい菅原も同じように伸びていた。


チャイムが鳴るまで、あと十分。


「やっぱお揃いだな」


とんとん、と目尻を叩いた指の先。一瞬何のことだかわからなかったけれど、なるほど。皮膚に浮かぶほくろは、確かにお揃いだった。私の目尻にも似たような泣きぼくろがある。もっとも、菅原よりは小さくて目に近い位置だから、殆どわからないけど。


「良く気付いたね」
「へへ。だべ?」


今までとは違う、ちょっと得意気な笑い方。
初めて目にした男の子らしいそれに、そんな顔もするんだって鼓動が跳ねる。


「前から気になっててさー」
「そうなの?そんなに珍しくもないと思うけど」
「違う違う」
「?」
「ほくろじゃなくて、みょうじのこと」


悪戯な眼差しに、呼吸を忘れる。時が止まったのは、ほんの数秒。遠のく喧騒の中、真っ直ぐな彼の声だけがやけに近くで反響して、脳内をぐるり。


「だから今、嬉しくてやばい」


ついさっきまでの余裕はどこへ行ったのか。そんな照れくさそうな顔、ずるい。

お友達から、なんて控えめに差し出された好意を受け取る。たったそれだけのことでこんなにも熱がせり上がるのは、もう既に、心がさらわれてしまっているからかもしれない。

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