お味噌汁の味見をしながら時計を見遣る。
事務所を出たって連絡が来てから、もうすぐ十五分。そろそろ帰ってくる時間だ。

綺麗に拭いたテーブルへ食器を並べ、ついでにコンビニ弁当の空ばかりが詰まったゴミ袋をまとめる。この様子じゃ、自炊なんて殆どしていないだろう。仕事が立て込んでいるからか、元々苦手なのか。どっちにしろ、胸に浮かぶ心配は拭えない。社会人一年生が大変だってことは、身をもって知っていた。私も、つい二年前までは余裕なんてなかったのだ。

玄関が開く音に、顔を上げる。


「ただいまー」
「お帰り」
「マジでなまえだ……」
「なにそれ。待ってるって連絡したでしょ?」
「や、分かってっけど、なんか現実味湧かねえっていうか……しかもすげー美味そうな匂いする……」
「ご飯作ったの。お風呂湧いてるから先に入っておいで」
「おお、ありがとな」


約一週間と三日ぶりの笑顔は少し大人びていて、やっぱり疲れが窺えた。


きっと鋭児郎は、私が想像しているよりも遥かに強い。それでも、何かあってからでは遅い。常に支えてあげられる距離にいてあげたい。私にとって彼がそうであったように、負担を減らせるような、出来れば役に立てるような存在でありたいと息を吐く。


お風呂から出てきた鋭児郎は「美味そ」と、瞳を輝かせながら寄ってきた。濡れた髪をそのままにそわそわしている姿が、なんとも可愛い。手近なタオルを手に取ると屈んだので、わしわし拭いてあげた。それから、二人揃って手を合わせる。


「いただきます!」
「どうぞー」
「今日は泊まってくのか?」
「そうしたいけど、明日朝から会議なんだよね…」
「そっか。残念だけど仕方ねえな」
「ごめんね。また今度ゆっくりお邪魔させてもらう」
「おう。待ってる」
「仕事は順調?」
「ん、ちょっと落ち着いてきた」
「良かった」
「なあ、これ美味い」


あれもこれもと頬張りながら心底美味しそうに食べる姿に、自然と笑顔が湧いてくる。鋭児郎とのご飯は、いつも楽しい。毎日こうだったらいいのになあ、なんて思うのは、ちょっと早すぎか。

楽しみは後にとっておこうとお茶を飲めば、不意に彼の箸が止まった。嫌いなものでもあったかな。


「なまえ」
「なあに、鋭児郎」


いつになく真面目な声に、グラスを置く。真っ直ぐな眼差しが少しだけ揺れて、けれど、発せられた声に迷いはなかった。


「一緒に住まねえか?」


咄嗟のことに、思考がフリーズ。言葉を
選ぶことも探すことも出来ず、ただ、瞬きを繰り返す。

そんな私をどう捉えたのか。途端に焦りはじめた鋭児郎は一言謝って、やり直しを希望した。気持ちが先走って、順番を間違えたらしい。順番って何だ。とりあえず聞こうと、背筋を伸ばす。


「付き合って結構経つし、前から家になまえがいんの、良いなって思ってた」
「……うん」
「年下で頼りねえかもしれねえし、まだサイドキックが精一杯だけど、絶対もっと立派なヒーローになって幸せにする。だから、」


俺と結婚してください。


ああ、困ったな。嬉しくって、どうしよう。せっかく平静を取り戻しはじめていた思考は、再び止まってしまった。まさかこんな日常の、こんなタイミングでなんて、サプライズにも程がある。私との将来を考えてくれていただなんて知らなかったし、想像すらしなかった。


自分の鼓動の音が鼓膜を覆う中で、深呼吸。ワンテンポ遅れて、濁流のように込み上げてきた熱に促されるまま、緊張した面持ちで差し出された手を両手で握った。

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