仮免を取得して数日。街中でたまたま遭遇した敵とプロが来るまで交戦して、一人の女の子を守って、そして、ちょっとだけ怪我をした。迎えに来てくれた相澤先生は、一体誰からどう聞いたのか。びっくりするくらい焦った様子で具合を訊ねてきて、私が「こんだけです。お揃いですね」って目元に走った一直線の切傷を示せば、一瞬固まってから深い溜息と共に脱力した。たぶん、安心したんだと思う。「お揃いですね、じゃねえよ……」って珍しくぼやいたその顔は、いつもの"先生"じゃなくて結構素だった。


「お邪魔します」
「ああ。適当に座ってろ」


車に乗って十分くらい。連れてこられたのは、何度かお邪魔させてもらったことがある相澤先生の家。相変わらず質素で、必要最低限のものしかないリビングは、なんとも彼らしい。

遠慮なくソファに腰を下ろして落ち着いていれば、救急箱とアイスコーヒーが出てきた。手当を受けながら、まだプロじゃないんだからってお説教を右から左へ聞き流す。そんなこと、先生の為に成績上位を保っている私が、分かってないわけないでしょ。


消毒液がぴりぴりする。貼られたガーゼは、ちゃんと傷のサイズに合わせて切ってくれていた。男らしい無骨な手が存外優しいのは、今に始まったことじゃない。

救急箱を片付ける彼の頬をつつく。屈んでもらわなくても手が届く距離は、そこそこ新鮮だ。


「たくさん頑張ったので、ご褒美ください」


思った以上の至近距離。少しだけ丸まった瞳の中に映る私の頬は緩み切っていて、我ながらだらしない。

照れ隠しかなんなのか。ついっと視線を逸らした相澤先生は、押さえ付けるようにわしわし頭を撫でてくれた。もちろん嬉しい。嬉しいけど、せっかく誰の目もない場所なのだから、もう少し特別が欲しいと思う。自然と尖った唇は、先生の指に摘まれた。


「不満そうな顔だな」
「んーー」
「さっきも言ったが、今日の行動はそんな褒められたモンじゃねえぞ」
「ん"ん"」
「正義感があるのは良いことだが、突っ走るな。俺の肝が冷える」


やっぱり心配してくれたんだなあって、びくともしない口をもごもごさせながら幸せに浸る。

それでも、私が飛び込んでいかなければあの女の子は殺されていたかもしれないし、敵だって逃げていたかもしれない。私の選択は、仮免段階の生徒としては正しくなかっただろうけれど、ヒーローの卵としては間違っていなかった筈だ。あと、相澤先生だったらどうするかなって、ちょっと考えた。なにも無鉄砲に突っ走ったわけじゃない。頭の片隅にいつだって存在するお手本は、しっかりプロヒーローだ。

ようやく離された唇は、指の感触が残って変な感じだった。


「まあまあ、皆無事だったんだから良いじゃないですか」
「だから撫でてやっただろ」
「せめてぎゅーがいいです。ちょっとだけ期待してます」
「お前な……」


こぼされたのは、短い溜息。悩んでいるのか、照れているのか。少しの沈黙の後、俯きながら項を掻いた相澤先生は、観念したように隣へ座り「ん」と両腕を広げた。


「相澤さん、相澤さん」
「何だ。満足したか?」
「満足ですけど、もう一個追加してくれると大満足になります」
「……言ってみろ」
「このまま名前呼んでください」
「……お前が卒業したらな」
「えー」
「えーじゃありません」
「今消太さんに呼んで欲しいです」
「……お前そういうとこあるよな」
「しょーたさんラブです」
「コラ擦り寄るな」
「しょーたさーーーん」
「たく…我慢してる俺の身にもなれバカなまえ」
「……それは狡くないです?」
「どの口が言ってんだ」

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