昔から引っ込み思案な性格だった。自分から声をかけることが出来ず、遊ぼうって誘いにすら素直に応えられない、面倒な子だった。だから、いつも独り。傍にあるのは、見たものをそのまま描くことが出来るこの個性とスケッチブックだけ。

そんなところが放っておけないのだと、相澤くんは言う。自分のことは必要最低限なくせに、何かと構ってくる変な人。もう十三年ほどの付き合いになるか、と、何の前置きもなく引きずり込まれたベッドの中で思う。


「びっくりしたんだけど」
「声掛けたら逃げるだろ」


私のことを随分よく理解している彼は、口端を上げて軽く笑った。付き合いたての頃、せっかく立ててくれていたお伺いを全部蹴ってしまったからだろう。近頃は、遠慮や配慮が全くもって見受けられない。もちろん場所は弁えてくれるけれど、こんな風に二人っきりの時は、いつも唐突だ。


「嫌じゃないだろ?」
「まあ……うん」
「なんだ。煮え切らねえな」
「……落ち着きはする、かな」


頭を撫でたり、髪で遊んだり、手を握ったり、抱き締めたり、キスをしたり。

まるで気まぐれな猫を飼いならすように甘やかなそれら全ては、私の静かな鼓動を容易く包みこむ。恥ずかしくて到底口には出来ないけれど、この温もりが、いつの間にか心地良いと感じるようになってしまった。


本当はずっと、探していたのかもしれない。無条件に愛されたかったのかもしれない。
いつまで経っても変われない私を、そのままでいいと言ってくれる優しい人。


広い胸元へ、鼻先を埋める。嗅ぎなれた柔軟剤の香りに体の力が抜けて、襲いくる睡魔に目を閉じた。背中へ回された腕が、いつものように私を抱き寄せる。「もっと甘えてくれりゃ良いんだがな……」って独り言には、聞こえないふりをした。代わりに身を寄せる。


「おやすみ、なまえ」


何をしても埋まらなかった空っぽなこの胸を満たすのは、後にも先にも、きっとひとりだけ。

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