幸せって愛おしい



乳白色の湯面に、波紋が浮かぶ。

一面の大きな窓ガラスの向こうには、まるで星空みたいなネオンの数々。地上三十八階からの夜景はひどく綺麗で、肩まで浸かりながらほうっと眺めていれば、シャワーの音がやんだ。

遠慮なしに隣へ落ち着いたかっちゃんの体積分、嵩が増す。家のお風呂よりは随分広いとはいえ、体格のいい彼には窮屈だろう。そう隅っこに寄ろうとすれば「逃げんな」って、腕の中に引き込まれた。


「狭くない?」
「別に」


お湯の温度と、かっちゃんの体温。ゆったり凪いだ心が、自然とほどけていく。


「ありがとね。いろいろと」
「あ?んだ急に」
「急じゃないよ。いつも思ってる」


湿った首元に頬を預けて、全身の力を抜いて、日々の忙しさとは無縁の空間で二人っきり。


「疲れてないかなあとか、無理してないかなあとか、結構気にしてるんだよ。これでも」
「はっ、必要ねえわ。てめえはてめえの心配でもしてろ」
「んー…それはかっちゃんがしてくれてるからいいかな」
「……なんで知っとんだ」
「分かるよそんくらい」


小学校の時から、ずっと傍にいた。ずっと近くで、たぶん緑谷くんよりも色んなかっちゃんを見てきた。だから分かるよ。誰より大切に想ってくれていることも、最近ようやく、私との未来を考え始めたことも。

あーあ。幸せって愛おしい。

「子どもは三人くらい欲しいなあ」って、冗談まじりに擦り寄る。容易く抱き締めてくれたかっちゃんは「気が早えわクソなまえ」と、満更でもなさそうに軽く笑った。

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