仏の顔もなんとやら



「自分の体より大事な試合って何?」


シンと静まり返る体育館。ピンと張り詰めた空気。腹の底でふつふつ煮える、心配の二文字。やっくんが捻挫をした時、勝ち負けよりも安静を第一にとったクロに、さすがだなって感心した私の心を踏み躙られたような苛立ちが、じわじわ広がる。

答えない彼に「ねえ」と声をかければ、バツの悪そうな視線が泳いだ。ごめん、なんて。けど大丈夫だし、なんて。そんな医療用のサポーターをつけたままの状態で、説得力があるとでも思っているのだろうか。


「言わなきゃ分からないと思った?」
「や……まあ……」
「私、これでも三年間見てるんだけど」
「存じ上げておりマス」
「無理しないでっていつも言ってるよね?皆にも」


クロの背後で、こくこく頷く面々に溜息をひとつ。まあでも、手を止めてこちらを見ているその表情には、ちゃんと各々反省の色が窺えるし、いち早く口を開いた研磨の「なまえ、ごめん」って声を皮切りにぽつぽつ謝罪もあがって、今にも溢れそうな苛立ちは自然と昇華した。


「もう……これからは気を付けてね」


別に多くを言う必要はない。彼らがそこまでバカじゃないことは、よく知っていた。「次はないよ」と言い残し、業務に戻ろうと体育館から出る。

皆が冷や汗たらたらだったことを知るのは、もう少し後のお話。



「いやー、まさかあのなまえが怒るとはな」
「それな……まじ焦った……」
「たじたじだったね、クロ」
「そりゃたじたじにもなるでしょーよ。普段何しても怒んねえのに」
「そんだけ部員が大事ってことだろ」
「それは嬉しいな」
「だな」

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