さよならハイドアウト



廻とは、組同士の会合で初めて顔を合わせた。組長の娘、なんて重い肩書きに辟易としていた私とは、まるで違う価値観を持った人。何度目かの顔合わせで、死穢八斎會の組長と血の繋がりがないこと、けれど何にも代えられない恩義があるのだと話してくれた彼の瞳は、少しだけ温かかった。

その温もりに、触れてみたいと思った。彼の隣は心地がいい。どこへ行っても、何をしていても、ずっと"組長の娘"だった私をただの"なまえ"として居させてくれた。変に媚び諂うこともなく、他人と分け隔てることもなく。理由なんて、それだけで十分でしょう。


「こんな所で俺と会ってて良いのか」
「どうして?」
「縁談があるんだろ」
「……さすが。耳が早いね」


自嘲まじりの吐息は、夜の闇に溶けた。音も風も明かりもない、まるで世界から忘れ去られてしまったかのような雑居ビルの狭間。ここを見つけたのは、高校生の時。私の心の拠り所であり、月に二度、誰にも内緒で廻と会う場所だった。


「お父さんが決めたのよ。そこそこ大きな組の息子さんだからって、勝手に」
「そうか」


暗くて見えない。潔癖なくせに、不思議と私を拒まない廻の表情も、窺えない。短く放たれた相槌は淡々としていて、まるでいつも通り。きっとこれが、愛されることにも愛することにもひどく不器用な、彼なりの優しさ。


このままさらってよ。

そう口にすることが出来れば、どんなに良かったか。今の私に許されるのは、珍しくそっと伸ばされた温かい腕に、ただ身を委ねることだけ。

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