あなたと雨



ものの20分で任務が終わった。狭くて限定的なフィールドは、呪符を使う私からすれば超絶イージーモード。おまけに事前情報がとっても優秀だったおかげである。補助監督に連絡すると、お迎えまで少し時間がかかると言うので辞退した。幸い高専からは遠くない。いつも忙しそうだし、ちょっとは休んで欲しかった。



曇天の下、のんびり帰路について少し。とうとう落ちてきた雨粒が、ぽつぽつ肩を叩き始めた。あいにく、傘を買えそうなコンビニなんかは見当たらない。まあ濡れて帰ったところで別段問題もないけれど、何処かに入って雨宿りっていうのも悪くない。そう空家らしき軒下へお邪魔する。

結果的に正解だった。降り続く雨足は強くなる一方で、嵐ほどではないにせよ、びしょびしょになること間違いなし。この制服、中学のブレザーよりかはマシだけど水を吸うと重くなるんだよね。既に肩は湿っているけれど、これ以上は極力避けたい。仕方ない。小降りになるまで待ってみよう。

地面や塀、草木や屋根で奏でられる自然の音へ、そっと耳を傾ける。なんでだろう。気温が下がってしまったのか、それとも少々濡れてしまっているからか。なんだかちょっとだけ冷える。

張り付く髪を耳へかけたその瞬間、遠くの方から駆け寄ってくる足音と「あ、いたいた!」って良く知る声が真っ直ぐ届いた。


「菰野くん……!?」
「そう! 俺! お待たせ! 補助監督さんから諸々聞いてさ。雨すっげえ降ってきたし、居ても立ってもいらんなくて探した! 濡れてない? 大丈夫?」
「大丈夫、全然無事だよ」
「そっか良か―――って、いやいや濡れてんじゃん!? なんで嘘つくの! もう! 月本ちゃんてば!」


メッ、て子どもみたいに叱られて、思わず頬が緩んでしまう。ごめんごめん。もちろん他の誰だって有難かったし、心配かけてごめんなさいって気持ちは浮かぶ。けれどやっぱり、好きな人がわざわざ探して来てくれたって今が嬉しくて、ちょっと我慢出来なかったです。

肩にかけられたスポーツタオルで、髪の水気をぱたぱた取る。「ちょっとごめん」と頬に触れた菰野くんの手のひらは、思った以上に熱かった。……いや、違う。私が冷たいんだ、これ。彼もそう気付いたらしい。おもむろに制服の上着を脱いで「こっち着てて。俺ので悪いけど、濡れてるよりかはあったかいと思うから」って差し出された。慌てて首を横に振ったけれど頑なだ。しかも「そんなに俺の嫌だった……?」ってしょんぼりするんだからずるい。

渋々ボタンをはずし、濡れた上着を彼の片腕へと預ける。代わりに受け取った菰野くんのブレザーに袖を通せば、残っていた温もりが心の内まで沁み透った。

なんだこれ。恥ずかしい。まるで菰野くんにぎゅうってされてるみたい、なんて考えてしまった私自身が恥ずかしい。しかもあの、菰野くん、やっぱり鍛えてるだけあって体格いいね? 裾はお尻まで隠れるし、身幅のぼそぼそ具合もいいところ。袖だってほら、指の先がかろうじて出るくらい。


「こ、菰野くん。やっぱりダメだよ、申し訳ないし」
「いいから、ほら、早く帰ってあったまんないと。女の子が体冷やす方がダメなんだって。マジで」
「でも、これじゃあ菰野くんが、」
「いーから帰ろ」


諭すように優しく笑った菰野くんの双眼は、彼の言葉を借りていうならマジだった。驚く私の手にもう一本のビニール傘を握らせて、小さな子どもにそうするよう、ちょっと屈んで目線を合わせる。おかげで近くなった彼の目元がほんのり赤らみ「それに」と、数瞬逸れていった視線。


「むしろこう、俺得ですって感じだから、ほんと気にしないで。つーかそんままでいてください……」


くそう。すぐそこで「ね?」と首を傾けられては、素直に頷くほかない。菰野くんのこの距離感、ずるいんだよなあいっつもさあ。

今度プロテインでも差し入れようって思案しながらお礼を伝え、傘を広げた。