ねえ、きづいてよ



菰野くんとのデートが決まった。いや、私が勝手にデートと思っているだけで、彼はたぶんそうじゃない。だって『ひとりで買い物? え、大丈夫? 危なくない? 俺次の日曜あいてるし、もし良かったら荷物持ちするよ』と申し出てくれた心配そうな双眼に、下心なんてものは棲んでいなかった。

経験上なんとなく分かる。この人は危ないとか、やばいとか、怖いとか。男女関係なく邪心を秘めた人間と今まで等しく接してきた。相手がどういう人間か、はたまた自分がどういう風に見られているのか、自然と窺う癖がついている。初対面から女として映っているなら黄色信号。ただの興味本位ならやや注意。

まあどれもあくまで憶測でしかないけれど、菰野くんにとっての私はたぶん“可愛いクラスメイト(♀)”程度。当然女の子扱いに余念はない。ついこの間なんて思わせぶりに『買い物行ったり荷物持ったり優しくしてあげられるから、本当に好きな子はアイドルじゃなく近くにいてくれた方がいい』と、私の買い物に付き合いながら、何度も荷物を持ってくれようとした。でも他意があったわけじゃない。正直期待したけれど、結局未だになんにもない。どれだけ私なりに好意を見せたって、全然踏み込んできてくれない。もっとあからさまに押した方がいいのか、正直結構迷っている。なんせ自分からなんて初めてのこと。それに、嫌な思いはさせたくなかった。

菰野くんが優しいのは私だからじゃない。私だけじゃない。野薔薇の急な呼び出しにだって応じるし、虎杖くんとは親友みたいな関係性で、ちょっとお堅い伏黒くんとも仲が良い。誰も傷つけない言葉を潜在的に知っていて、無意識下で取捨選択が出来る人。外見なんかに釣られることなく、適切な距離を置ける人。その証拠に、彼がはかってくれる距離感はいつも心地がよかった。言葉の温度や色だってあったかい。だからこそ好きだと思う。だからこそ今、ちょっと苦しい。


どうしたらいいんだろうなあ。とびっきり可愛く着飾れば、少しは意識してくれるかな。買い物の付き添いじゃなく、デートって思ってくれるかな。以前は最後の最後まで遠慮した荷物持ち役を今度は潔くお願いした理由に、気付いてくれるかな。それともやっぱり菰野くんも虎杖くんみたいに、もっと高身長でボンキュッボンな綺麗なお姉さんが好みかな。実年齢より幼く見られるちんちくりんの私がいくら頑張ったって、迷惑でしかないのかな――……。


悶々と悩みながら迎えた当日。自分の気持ちには正直に、と自分に励まされ、いつもより早く起床した。シャワーを浴びて部屋に戻り、スキンケアから下地まで入念に馴染ませる。ブラウンベースのアイシャドウに偏光ラメをのせ、ホットビューラーであげた睫毛を薄付きマスカラで整える。ほんのり赤味が感じられるチークはふんわり広げ、ベビーピンクのうる艶リップはしっかり塗った。鼻筋と頬骨にハイライトをさっとひと撫で。あくまでナチュラル主体は崩さずに、前髪と毛先をコテで巻いて軽くほぐす。オイルはつけない。たまに頭をぽんぽんしてくれる菰野くんが、もしかしたら今日も撫でてくれるかもしれないから。

勝負服、なんてものは残念ながらないけれど、春から夏へバトンを渡すこの季節。体温調節がしやすいようアイボリーのフレアワンピに、ラベンダー色をした薄手のカーディガンを引っ掛けた。








迎えに行くよ、と言ってくれていた通り。菰野くんは寮の出入口で立っていた。ゆるっとした白Tシャツに濃いめのジーンズ。そこそこラフな服装なのにどこか締まって見えるのは、丈の長さと全体的なバランスが絶妙だからか。シンプルなアクセサリーが耳や腕に窺えて―――ああずるい。かっこいい。たちまちどくん、と乱れた鼓動を宥めすかす。

呪術師たるもの、いくらスマホを見ていても、近付いてくる足音には反射で気付けてしまうらしい。声をかける手前。顔を上げた菰野くんは笑みを浮かべ、けれど「あ、月本ちゃ―――」と発せられた音は、最後まで紡がれることなく固まった。まるで処理落ちしたかのよう。間もなくぱちぱち瞬いたチョコレート色が、飼い主を前にした子犬みたいに輝いた。あと四歩って距離を前のめりに詰められて、思わず半歩足を引く。


「かっっっわいい! なになに! え! めちゃくちゃ似合ってる……!!」
「あ、ありがと……、っ」


ち、ちちち近い、近いよ菰野くん……!

目と鼻よりももう少し先。斜め上から降り注ぐキラキラした眼差しに刺激され、いやに拍動する自分の鼓動が恨めしい。胸がいっぱいでどうしよう。恥ずかしいけど声が出ない。指先までもが熱を孕んで、喉が詰まって、ねえ待って。そんなに真っ直ぐ、追い詰めないで。