夜明け



▲▼side:菰野/writer:甘粕




軽い感じで呪術界へと踏み込まされた俺は、仲間には恵まれたけど全体的に運には見放されたと思っている。

それまでフツーに生活してたのに、特殊なあれそれで呪力が目覚めたらしい。そんで、死んじゃいそうだからっていう理由でシゴかれて、なんか任務とか行っちゃってんの。マジで死にそうになるやつね。
おかしくない??俺いつからそんなジャンプみたいな展開できるようになっちゃったの?そういうの主人公だけでいいんですけど!

そんな不運な俺でも、幸せを感じることがある。深夜のカップ麺を食ってるときとか、お高いアイス食べてるときとか。美味いは正義。そのうちのひとつに、我ら高専1年が誇る女の子たちとのスクールライフが含まれている。

そう、俺のクラスには、べらぼうに愛らしい美少女とウルトラC級の美女がいる。圧倒的勝利!

「ちょっと、野薔薇待ってよ」
「菰野、次行くわよ!次!ほら桃花も早く」
「は〜〜〜〜い」

もちろんその女子とは月本ちゃんと釘崎ちゃんのことである。

最初こそ、こんな山奥の学校に通うなんて俺の春は死んだな、とか、青春?あいつは良いやつだったよ……なんて思っていた。呪力があるなんて言われなければ、4月からウキドキ☆ハイスクールライフに身を投じていたというのに。あんまりだ。帰ってこい俺の青い春。

そんな祈りが通じたのか、ある日唐突に五条先生の横に美少女が現れた。俺のテンションはわかりやすく上がった。教室に!!伏黒以外がいる!!しかも女の子!しかもテレビから抜け出してきたような可愛い女の子だ。
やった〜〜〜〜〜!!お帰り俺の青春!待ってたよ〜〜!!これは完全に勝ち申した!!

ほんとは小躍りのひとつやふたつしたかったけど、それは俺の理性がストップを掛けた。分かりやすく浮かれてしまえば、俺は明日の朝日を拝める気がしない。それは術式より深く俺の体に叩きこまれた菰野家のルールのせいである。

菰野家家訓その34、「女性を外見で判断する奴は死ね」

藤堂先輩のように好みの女はケツとタッパのデカい女です!などと言おうものなら俺はその瞬間から基本的人権を失う。ここは日本だよって?俺も社会の授業の時に教科書二度見したから気持ちはわかる。
だが、いかに人権の尊重された素晴らしい国に籍を置こうとも、菰野家に入れば治外法権。そこはもう独裁国家なのである。主権は母と姉。お察し。

親父は、結婚する前から母に頭が上がらないし、そんな母にそっくりな姉にも頭が上がらない。そんな親父の背中を見て育った俺は、物心付いたときににはこのカースト制度を深く理解して、体に刻み込んだ。まあ?俺は良い子だしね?要領の問題だよ。そう、断じて俺が弱いとかそういうんじゃないから、違うから。まじで。

とにかく、女の子は丁重に扱う義務があるの!それにこの月本ちゃんって子が姉貴と同じタイプの子なら、最初の反応で俺の今後の扱いが決まる!間違ったら詰む!!平常心、平常心だぞ俺!





「あ、月本ちゃん、重くない?それ持とうか?」
「ん? 大丈夫だよ、ありがとう菰野くん」
「そっか〜〜〜」

ペロッ、これは特級いい子の味!
しかしそんな俺の意気込みも空しく、月本ちゃんはマジもんのいい子だった。怒らない、よく笑う、気遣いの塊。天使か?

今だってそうだ。隣を歩く月本ちゃんは、いくら言っても姉のように「ん」という一言で俺にショップバックを渡してくることはない。すごい。偉い。
女の子との買い物はほぼ姉としか行かなかったから、こんな頑なに何もさせてくれないなんて初めてだ。俺の善意が見事に散ってるんだけど??んああぶっちゃけこういうときどうすればいいの??内心で頭を抱える。助けてSiri!

「……菰野くんって、優しいよね」

そんな言葉と共に月本ちゃんが突然俺を見上げて言いだした。にこ、と笑みも零れる。ほわあ、と周りに花が咲いた気がした。
エ???あれあれ??なんでお花が見えんの??うそでしょ??月本ちゃんの術式ってそういうんじゃないよね!?もしや敵襲!?敵襲なの!?
さっ、と周りに気配を巡らしてもなにもない。よかった……いや??よくねえな??完全に強めの幻覚キメてんじゃん俺。体内麻薬作れるとかそんなエコなことある?

「そ、そんなことないって!これくらい普通だし、……ふつう、だし……」
「ど、どうしたの菰野くん?急に顔色悪くなったけど……」
「いや、大丈夫、問題ないです」
「そっか!」

ふるふる首を振れば月本ちゃんがまたにこり、と笑った。は〜〜女の子ォ〜〜。超絶癒される〜〜〜。

頭の中に急に高笑いする姉貴が出てきたせいでフリーズしたけど、大丈夫。平常心、平常心。
大丈夫だ、問題ない。ここは大人しく話題転換するとしよう。

「に、にしても、竹下通りって歩いてると本当にスカウト多いよな〜」

通りを進むたび、チラチラと月本ちゃんに視線を送って来るおっさん共を睨んで蹴散らす。今日で何人目だよ。

原宿、表参道はスカウトの聖地とはいえ、それにしたって多すぎる。はあ、とため息を零せば月本ちゃんは朗らかに、「ようやくみんな野薔薇の良さに気付いてきたね!」と言っていた。や、どう見たって月本ちゃん狙いだと思うよ。気づいて。

「月本ちゃん、そんだけ可愛かったらアイドルとかなれそうだよね」
「ふふ、菰野くんに褒められるとなんかむず痒くなっちゃう」

え???なにそれどーいう意味???俺の褒めは自己肯定感に値しないと??
そんな、菰野家家訓その25「女子の自己肯定感は程よく上げろ」に鍛えられた、俺渾身の褒めスキルが通用しないだと……!?
そんな!!俺のボキャじゃこれが限界なんですけど!なに、ファビュラスとか言ったらいいの??でもなんかちがくない?語彙力降ってこい!!助けてお姉さま!!!

キョドる俺を見て月本ちゃんは楽しそうに笑った。え??今そんな笑うとこあった??なんで??なしてそんな笑うの……。
ひとしきり笑った月本ちゃんが薄く微笑みながら、きっぱりとした口調で音を零した。雑踏のなかを掻き分けてきた言葉の強さに思わずびっくりした。

「私はさ、アイドルになれたとしても、ならないよ」
「……そーなの?もったいね〜、人類の大いなる損失だな」
「ふふ、大袈裟だよ」
「大袈裟じゃないんだな〜これが」

美少女は国宝だぞ??少なくとも俺は国宝指定しちゃうね。俺が文化庁長官なら。たぶん職権乱用でクビになっちゃうけど。庇ってくれるのは乙骨先輩くらいかな。というかあの人の俺に対する過剰な信頼ってどこから来てんの??謎すぎるんだけど。

「それにね、女の子はみんなから可愛いって言われるよりも、たったひとりの特別な人からそう言われる方が何倍も嬉しいし、価値があるんだよ」
「へえ、月本ちゃんって無欲なんだ」
「無欲じゃないと思うけどなあ」

全然、そんなことないよ。そう言って月本ちゃんは俺を見た。なんかさっきちょっと真剣味のある声だったけど、なんか俺余計なこと言った??やらかした??俺やっちまったヤツ!?

にしても、アイドルか。なんとなくミニスカートでマイクを持ってライブをする月本ちゃんを想像する。すげー似合う!!アイドルは確かにいいけど。でも俺みたいな他の野郎共に足とか出しちゃうわけっしょ?めちゃくちゃ笑顔向けたりしてさ。なんかそれはなあ……。

「まあ、俺もアイドルはアイドルでいいけど、本当に好きな子はすぐ近くにいてくれた方がいいな」

月本ちゃんが、俺も見たことない表情とか見せんの、ちょっとやだな。わがままかもしんねーけど。

俺はみんなから認めて貰えなくていいから、近くでこうやって同じ目線で色んなもん見てたい、って思うよ。高専の冷蔵庫から勝手に五条先生のおやつつまんだり、夏油先生のしごきに文句言ったり。
そんな日常、月本ちゃんと味わえたらいいなって、最近は特に強くそう思う。なんでか知らんけど。

「こうやって買い物行ったりとか、荷物持ってあげたりとかさ。優しくしてあげられるじゃん」

女の子には優しくしろって言われてるし。へら、と笑った瞬間、月本ちゃんの大きな目がさらに大きくなって、顔が少しだけ赤くなったような気がした。気のせい?首を傾げて月本ちゃんを見れば何か言いたげに口元が動いていた。え?なにな―――

「おっそいわ!何してんのよ、アンタたち!」
「ひえ、すいません釘崎野薔薇様!」

釘崎ちゃんからドストレートに怒られた俺は、結局その後月本ちゃんの表情を確認することはなかった。