光れなくていい


どうしようもなく弱かった。この手は何も守れない。誰も庇ってやれやしない。昔からそうだった。母も父も気づいた時にはもう遅く、絶望のふちで踏みとどまる時、いつも私は独りだった。たまに五条先生が腕を掴んで、ほんとにいいの、って問いかけてくるくらい。だから寄り添い方なんて知らないし、どう慰めていいかもわからない。それがひどく歯がゆくて、拳を握った手のひらに切り忘れた爪がくい込んだ。

病室はどこもかしこも真っ白だった。テレビ画面すら、無情な陽射しを白々しく反射している。ベッド、シーツ、壁、床……漂白された空間で、黒一色の恵と彼女の長い髪が浮いていた。佇む背中は振り向かない。どれだけ見つめ続けても、閉じたっきりの瞼は少しも震えない。声をかけるべきだ。わかっている。ただ言葉が見つからない。失ったことはたくさんあれど、同じ度合いがひとつとしてない悲しみを分かち合うのはむずかしい。

名前を呼ぶ、隣に立つ、手を握る、抱き締める。どれもこれもしっくりこなくて、立ち尽くす。選択肢としては間違っていないのかもしれない。けれど正しいと思えない。だって恵は、私よりもずっと強い。


「…………」


こんな時、虎杖だったらどうするだろう。心なしか下がっている恵の肩に手を置いて、彼の痛みをやわらげようとするのかな。野薔薇だったらどうだろう。何しけたツラしてんのよ、と背中を叩いて、容易く元気づけてしまうかな。……おかしいね。二人が出来得ることはこんなにも色濃く鮮やかなのに、自分のことは最低限さえ浮かばない。何も言わず、何もせず。ただ黙って、決して混ざれはしない白を模倣する。これが本当に最善なのか。


「なまえ」
「……」


不意に呼ばれ、いつの間にか爪先ばかりを見ていた視線を持ち上げる。途端に顔を顰めた恵は「悪い」と言った。そんな顔をさせるつもりはなかった、ただ知っておいて欲しかった、会わせたかっただけだった。そう心底バツが悪そうに、罪を懺悔するかのように、再度謝罪を口にした。伏せった睫毛が影を落として、恵の黒を助長する。


「私の方が、ごめんね」

彼女なのに。


紡いだ声は、自分でもびっくりするほど小さく弱く萎んでしまった。思わず拳の力が抜けて、乾いた笑みが浮かぶくらい。情けなくって不甲斐ない。嬉しかったのに。会わせたいと思ってくれたこと。あまり自分のことを話さない恵が、わざわざ伝えてくれたこと。それらにはきっと大きな意味がある。だからどうか、正しかったと思って欲しい。間違いだったと言わないで欲しい。

なかば祈るように下唇を噛めば、すぐさま気づいた無骨な指に窘められた。


「おまえが謝ることじゃねえ。大体予想はしてた。それでも連れてきたのは俺だ」
「……後悔してる?」
「いや、むしろ安心してる。俺が思ってた通りのなまえで」


ふ、とゆるんだ眼差しに、いくらか心が軽くなる。よかった。確かめるために試されていたのなら、今日のところは何も出来ない私できっと正解だった。


「変に同情されるより、よっぽどおまえらしくていい。そのままでいてくれ」


大きな手が伸びてきて、詫びるようによしよし頭を撫でられる。帰りにコーヒーでも飲んでいくかと言った恵は、後ろ手にカーテンを引いた。

title ユリ柩