幼い喘ぎ


棘は、とっても優しい。校舎脇の花壇のところで良く見かけ、時折ジョウロで水をやっている。まだ右も左も分からなかった乙骨くんのことだってそれはそれは気にかけていたし、真希ちゃんやパンダのメンタルケアも欠かさない。話を聞いたり、背中をぽんぽんしてあげたり。男の子らしく悪戯な面もあるけれど、相手を心の底から不快にさせるようなことはしない。いかようにも利用できる呪言を有し、それでも世のため人のため、語彙をしぼって生きている。

彼以上に優しい人を、私は知らない。そんな人に愛される、この世のなんと綺麗なことか。それに比べて、ずっと棘の傍にいられたら、なんて考えてしまう私のなんと浅ましいことか。


里香ちゃんをいいなあと思うようになったのがいつからだったか、もう覚えていない。とにかく死して尚、愛する人と一緒にいられる方法を手にしている彼女が、ひどく羨ましかった。

私も呪われたい。出来れば今の姿のまま。棘の呪言で縛られて、こんな力じゃ不十分かもしれないけれど、棘を守る呪霊になりたい。本気でそう願っている。でも口にはしない。彼には言わない。きっと迷ってくれるから。呪いたくないって優しさと、願いを叶えてあげたいって違う部類の優しさがせめぎ合い、彼のやわらかい心の内側をきっと傷つけてしまうから。

そもそもいけないことだ。呪術師が呪術師を呪うだなんて、呪われることを乞うだなんて、掟破りといってもいい。それにいくら私が死後の永遠を望んだところで、棘もそうであるとは限らない。私が呪われるということは、彼も私から離れられなくなってしまうということ。そんなのはあんまりだ。自分の物差しではなく、公平に判断出来るくらいの自制心は持ち合わせている。だからせめて、生きている内。この鼓動が息衝いている間くらいは、傍にいたい。ほんの少しでいい。たとえば小指の先でいいから、せめて長く触れていたい。




任務帰りの後部座席。補助監督の目を盗み、そっと重ねた手が小さく跳ねた。


「高菜?」


驚きながらこちらを向いた棘の瞳に私が映る。あまりに贅沢で勿体ないその瞬間が、罪悪感と幸福感を連れてくる。

返事はしない。言葉など何も考えていなかった。かわりに口角を持ち上げて、なんでもないよ。そんな意味合いで微笑みかけてみたけれど、降ってくるのは静かな眼差しばかり。腹の底さえ見透かすような視線にゆっくり貫かれ、けれど素知らぬふりを押し通す。ごめんね棘。見せられないの。優しい棘と綺麗な世界にはどうにもこうにも不似合いだから、見せるわけにはいかないの。

手持ち無沙汰にごつごつした指骨をなぞれば、くるり。手のひらの下で、不意に棘の大きな手が反転した。まるで想いの深さを示すよう。指の間にいくぶん太い指が割り込んで、しっかり強く握られる。友達じゃない。恋人だからこその繋ぎ方。


「……こんぶ」


車のエンジン音に紛れることなく届いた声は、ベッドの中で微睡む私に、おやすみ、と囁く安らかさ。それから、大丈夫だよなまえ、好きだよ、と安心させてくれる確かな慈愛を灯していた。


title 失青