塩むすびを常備してる新入生
「美味しいです?」
「しゃけ」
嬉しそうに頷いた狗巻先輩は口元をさらしたまま、塩むすびをもうひとつ頬張った。どうやら気に入ったらしい。他人が握った米を食べられない人が一定数存在する中、先輩が全く気にしないタイプで良かったと思う。
まあさすがに素手じゃないけど。腹が減っては戦は出来ぬをモットーにウエストポーチへ常備する上で、ラップやアルミホイルはちゃんと使っている。ちなみに今日は任務がないから前者。ラップは音が鳴らないから良い。すぐ冷めるけど。
「まだ食べます?」
「しゃけしゃけ」
淀みなく頷いた彼へ、追加のおむすびを手渡す。これで五つ目。よほどお腹が空いているらしい。もう夕方だっていうのに晩ご飯は入るんだろうかと心配になり、そういえばお昼を食べそこなったんだっけと思い出す。
確かパンダ先輩が言っていた。呪言師である狗巻先輩は一般的な呪術師と勝手が違い、単独任務にあたることが多い。急な要請でご飯抜き、なんてこともそう珍しくないのだと。育ち盛りの男子高校生にはひどい話。そう眉が寄ったのは、記憶に新しかった。
それにしても、塩ばっかりで飽きないのかなあ。自分で食べる分にはお金も手間もかからないし、長時間持ち歩いたって傷みづらいから全然全く良いんだけれど、人様しかも先輩にとなると、なんだか今更申し訳ない。
「すみません」
「いくら?」
「塩しかなくて……」
自然と落ちた視界に、地面の砂と自分の黒い靴先が映る。沈黙がおりて、けれど空気が動くと同時。ひょっこり入り込んできた双眼に息が止まった。
夜空みたいな瞳の中、赤々とした夕陽が揺れる。深くて、真っ直ぐで、澄んでいて、どこか透明。こんなに近くで見るのは初めてで、まるで吸い込まれそう。
「高菜ぁ」
優しい声が揺蕩って、綺麗なそれが不意に笑った。そうして伸ばされたのは、存外しっかり男の子である無骨な指先。つんつんと私の頬をつついて、一体何を伝えようとしているのか。
分からないなりに首を傾げながら笑ってみせれば「ツナツナ」と、今度は頭をよしよしされた。心なしか玉犬を撫でるような手付きだった。