時よ止まれ、世界は美しい


ねえ、って呼びかけに顔を上げる。


「ちょっと膝貸してくれない?」


両の口角を吊り上げてにっこり微笑んだ悟は、テレビ前の四人掛けソファを指した。

出張から帰ってきた後はいつもそう。真っ先に生徒の様子を窺い、何ら問題がなければ私の部屋で睡眠をとる。「ここが一番落ち着くんだよねー」なんて軽口を叩きながら、丁度こんな風に膝枕を要求する。別段柔らかくもないだろうのに、きっと、一歩間違えれば変態に聞こえかねないお願いを易々受ける人材がいないのだろう。その辺の女を捕まえようにも、顔が良過ぎて後々の繋がりを求められるに違いない。スタイルも良いし、声だって申し分ない。皆が皆振り向く、天から愛された男。


隅っこへ腰を下ろし、ブランケットを手繰り寄せる。膝を叩いて「おいで」。嬉しそうに笑った悟は、取り払った目隠しをテーブルへ放った。私との間に数多く存在する暗黙の了解。お綺麗な寝顔をさらすことが、その内の一つ。

上質なふかふかソファが彼の体重分だけ沈んだ。長い脚を折り畳み、膝へ乗った重み。徐々に滲んでいく体温があたたかい。つんと尖った高い鼻に透き通るような肌。閉じた瞼から伸びる長い睫毛。形の良い耳と輪郭。これ以上の眼福を私は知らない。どれだけ眺めていても飽きず、時折暖房の風に靡く白銀は何度触っても心地がいい。


すくった毛先を指の腹ですり撫でる。
くすくす。不意に揺蕩う笑い声。


「くすぐったいよ、なまえ。撫でるならちゃんと撫でて」
「気が向いたらね」
「えー」
「うそうそ。おやすみ」


要望通り手のひらを這わせ、頭の丸みにそって髪をさする。出来るだけ摩擦が起きないよう、ゆっくり、ゆったり――。

やがて眠った愛しの君は、その穏やかな寝息をもってして私の鼓膜さえもを魅了する。


title 失青