幸福さゆえの落花


ぜんぜん、これっぽっちもわるくない。悠仁はなにもわるくない。ただわるいのは私ひとり。だって、そうでしょ。野薔薇ちゃんに嫉妬なんて、あんまりだ。みっともなくて嫌になる。

背が高い、スタイルがいい、芯が強い、歌が上手い、声がきれい、すてきな術式、悠仁が好きそうな自信あり気で度胸たっぷりな女の子。そんなの今に始まったことじゃない。全部今更だ。それでも、どうしようもない劣等感は心の隅で膝を抱えていた。見ないように気を付けていた。今まで気付かないふりがちゃんと上手く出来ていた。なのに今更、耐えきれずに見てしまった私ひとりだけがわるい。


涙を堪える。目前に立って心配そうに首を傾げる悠仁に掛ける言葉がない。


「あのさ、なまえ、なんかあった? ごめん。俺全然分かんねえんだけど、その……原因って俺だったりする?」


苦笑混じり。おそるおそる近付いてくる指先に、びくりと肩が強張った。すぐにごめんねって言えなくて、お得意の虚勢も浮かばない。ただ触れる前に宙で止まったその指先とめずらしく下がった眉尻に、私が今、悠仁を傷つけてしまったことを知る。

ごめん。音にならない三文字を、頭の中で繰り返す。ごめん、ごめんね、ごめんなさい。自責の念が押し寄せるにつれ、だんだん字数が増えていく。弱い自分は世界でいちばん嫌いだった。

視線が自然と落ちてって、どうしたらいいかわからない。いっそ吐き出してしまえば楽だろうけど、醜い私は見せたくない。全部好きでいてほしいのに、どうしたって見せられない。


「なまえ、顔あげて」
「……」
「なまえ」


悠仁の声は、まるで宥めるようだった。俯く私の髪をそうっと撫で下ろし、すくい上げるように片頬を包み込む。持ち上がった視界の中、榛色の瞳に映っているのは私ひとりだけ。

大きくてあたたかい手のひらは、相も変わらずカサカサだ。リップクリームを塗ろうとしない唇も、色がなくてカサカサだ。けれど悠仁の吐息や言葉や温度はひどく潤っていて、たとえば化粧水が染み込むくらいの浸透速度で私の痛みを融かしてく。

悠仁からの「ごめんな」が、私の謝罪と重なった。


「ちがうの。悠仁はわるくないから、謝らなくていいんだよ」
「そうなの?」
「うん」
「んー、けど、なんかごめん。や、なんかって良くねえな。えーっと……」
「いいよ。大丈夫」
「なまえの大丈夫はだいたい大丈夫じゃねえじゃん」
「そうかな?」
「そうだって」
「でも大丈夫だよ」
「ほんと?」
「ほんと」


頷いて微笑みかける。

ぜんぜん腑に落ちていない表情だけど、ほんと、悠仁はなにもわるくない。ほんとにぜんぜん、これっぽっちもわるくない。

自分に自信がないあまり、こんな私を好きだと言って大事に大事に扱ってくれるやさしいあなたを信じることがむずかしい。わるいのは、そんな私ひとりでいい。


title 失青