しららかな不透明


 わたしは弱い人間だ。時折そう、どん底に落ちることがある。一瞬だったり一日だったり一週間だったりひと月だったり、期間の長さは体調や気候によって変わる。
 べつに呪術師だからじゃない。あいにく悲しみを引きずれるほどわたしは優しくなんかない。優しい人は、呪術師でなんていられない。
 ただ漠然と理解する。ふとした瞬間、自分は弱い生き物だと。

「どうやったら強くなれるのかな」
「それ嫌味か?」
「ちがうよ。っていうか恵弱くないじゃん」
「一級に言われてもな……」
「階級なんて意味ないよ。良い子にしてたらすぐ上がれるし」
「実力だろ」
「まあ力はあると思う。でも弱い」

 わけがわからない、眉間に皺を寄せた恵の目が言う。手元の古書から顔を上げ、訝しみつつもわたしの変な話に向き合ってくれる目。
 恵は優しい。いつも優しい。だから呪術師なんてさっさと辞めて、普通の高校生になればいいのにと常々思う。そうしたら呪いと関わらなくなって、好きなように生きられる。好きなように生きてほしい。無理だろうけど。
 恵は禪院の術式だから、たぶん一生縛られる。わたしについて回ってる自責の念とおなじくらい。

「五条先生みたいになりたいのか」
「んー……ちがう」
「じゃあなんだ」

 なまえが言う強さはどんなだ、黙っていると恵が言い直してくれた。
 大丈夫だよ、理解していなかったわけじゃない。ただ、わからない。

「わからないんだ、わたし」

 自分のことなのにわからない。どうなったら強いのか、そもそも強いとはなんなのか、どうして自分が弱いと思ってしまうのか、なにと比べているのか。
 わからないから浮いた思考が回り続けて、着地しない。不安定な状態のまま、気分だけが落ちていく。

「でもいいの。恵がいるから」
「俺?」
「うん」

 きっともう、こんなことを考えてしまう時点でわたしは弱い。そういう無垢でやわらかい罪が、まるで雪みたいにあんまりはらはら降り積もるから、こうして恵で溶かしている。
 恵は優しい。優しくて、眩しくないのに、あたたかい。


title Garnet