あなたのおかげで地獄に行けない


 仲間の最期に立ち会うことは少なくない。それくらい最前線で戦っている。わたしは五条のように強くない。ただ戦わない選択が許されるほど弱くもなかった。高みの見物が好きな人達にとって高専の卒業生は使い勝手のいい駒に過ぎない。平和のための犠牲役がお似合いな命は軽く、あくまで呪術師一人分は一人分でしかない。
 ……わかってる。わかっているよ、頭では。それでも、わたしたちは人間だ、って思うんだよ。

 首を竦める。三角に折った膝を抱えて顔を伏せる。無限に広がる暗闇の中、よく知る足音が左側で止まった。

「大丈夫だよ、伏黒くん」
「よくわかりましたね」
「気配でね。っていうか、こういう時に来てくれるの伏黒くんしかいないじゃん」
「まあ、みょうじさん強いんで」

 空気がゆっくり揺れ動いた。芝生がカサリと優しく鳴いて、伏黒くんが隣に座ったことを知る。そっと肩に触れた体温に、今日も彼が生きていると実感する。昨日死んだあの子とわたしが守った今日で、伏黒くんが生きている。そう思うと少し救われた。我ながらなんとも薄情だけれど仕方ない。気持ちを切り替えるきっかけは、きっと誰にだって必要だ。

「ぜんぜん強くないのにね」
「強いですよ。物理的には」

 でも守れなかったよ。思わずこぼれかけた言葉は喉の奥に押しやって相槌を打つ。そうかなあ。顔は上げない。ひどい顔を伏黒くんに見せるのは乙女心が許さなかった。

 北風が、伏黒くんと混ざった温度をさらっていく。守れなかったことなんて今までたくさんあったのに、どうしてこんなに痛いのか。どうしてこんなに心は生きたままなのか。

「……大丈夫ですか」

 少しして伏黒くんが言った。慰めようとしているわりに申し訳無さそうな声だった。きっと気の利いたセリフが浮かばなかったのだろう。彼は口が上手くない。べつにそれでいいのにね。伏黒くんなら、ただ傍に居てくれるだけでいいのにね。

「大丈夫だよ、さっきも言ったけど」
「いつもそう言うじゃないですか」
「うん。ほんとに大丈夫だからね」
「じゃあこっち見てください」

 今度は責めるような声だった。

「顔、上げてください」

 落ち着いていて、なんだかとても縋るような声だった。

「なまえさん」

 初めて呼ばれた名前にハッとする。思わず上がった視界には顰めっ面の伏黒くん。強がらないでください、彼が言う。ちゃんと弱いところも知っている、泣きたいなら胸を貸す、だから俺を呼んでくれ。
 限界だと言わんばかりにいつもわたしの脆さを悼む男の腕に引き寄せられた。視界を再び黒が覆って、鼓動音が世界を塞ぐ。
 頬を伝った情愛に、わたしは知らないふりをした。


title 凱旋