夕焼けを見る


高台の、廃れたホテルの地下一階。呪霊を片付け、今にも崩れ落ちそうな階段を一段一段確かめながらゆっくりあがる。自ら前に出た悠仁くんは「結構重かっただろ。俺開けるよ」と、外へ続く鉄の扉に手をかけた。ギィ。動いたその隙間から漏れ出る光に目を瞑る。たとえばトンネルの出口付近で、全てが白く見えるよう。あまりの光量に焼かれた網膜が、その眩しさを訴えた。


「なまえ? 大丈夫?」


降ってきた声は存外近く、ゆっくり視界を広げていく。扉を片手で支えたままの悠仁くんは逆光で。影が一層黒く映るとほぼ同時、四角く縁取られた光の中で建造物や木々の輪郭が浮かびあがる。悠仁くんの肩越しに、赤々とした夕陽の街が窺えた。

息を呑むってのとは少し違う。西陽が彩る世界がきれいで、身を削って守った甲斐があったことをひどく鮮やかに肯定されて。そう。いうなれば、呼吸の仕方を一瞬忘れた。


「なまえ? なに見て―――」


固まる私の視線を追った悠仁くんが首を振る。「おー! でっけぇ夕陽」と笑った彼の健康的な肌色が、燃えるような赤橙に染められる。


「もう六時過ぎてんのに明るいな」
「日が長くなってきたんだろうね。もうすぐ夏だし」
「夏って日ぃ長いの?」
「うん。地球の自転軸の傾き、って習わなかった?」
「あー……習ったような習ってないような……」
「まあ気が向いたら調べてみてよ」


生暖かい風が吹き抜ける。今日は湿度が高いのか、内へと閉じた鼓膜を占める圧迫感がわずらわしい。けれど悪いことばかりじゃない。夕焼けは、空気中の水蒸気が多ければ多いほど赤いという。世の中捨てたもんじゃない。美しいものを美しいと感じる心が残っている私も、呪術師って職業も―――。



悠仁くんにお礼を述べる。支えたままでいてくれて、どうも有難う。足を進め、新鮮な空気で肺を満たす。伊地知さんの姿はない。といっても、送った完了報告は既読済み。きっと今頃、返事の時間すら惜しむほど、それはそれは急ピッチで向かってくれているはずだ。

金が混じった深く優しい豪奢な茜色に包まれながら、肩を並べて二人で待つ。


「なんか、こんなゆっくり空見たの久しぶりかも」
「私も。悠仁くんと見れてよかった」
「、」


見上げれば、照れくさそうな視線が逃げていった。口を尖らせ「ずるいって。そーいう、いきなりさぁ……」と顔を逸らす。それがあんまり可愛くて、愛しくて。やっぱり悠仁くんと見れてよかったなあ。

やわい想いが加速する。かつては賑わい、多くの人が素敵な思い出をたくさん作ったであろうこの場所で、風化しない私の希望を重ねゆく。


【夢BOX/悠仁と夕焼けを見る】