わたしをすくうひと


胡座をかいた膝の上へお邪魔し、ベストポジションを探す。端へ寄って斜めを向き、左後ろに位置する首元へ寄りかかれば、まだ学生ながら安心感を付与する男の腕が不安定な背中を支えてくれた。

連日の任務で、とうとう顔に疲れが出始めてしまったらしい私を気遣っての申し出に『じゃあベッドんなってよ』とお願いしたのが事の始まり。


「こんなんで寝れんの?横になった方が良くね?」


頭上から降ってきた悠仁の声は、心底怪訝そうだった。きっと潜めた片眉を上げながら首を傾げているに違いない。


「大丈夫。悠仁がしんどくないならこのままでいいよ」
「俺は余裕だけど……」


柔らかなスウェット越し。とくん、とくん、と伝わる規則的な心音と微かな振動に耳を澄ます。一度死んだ彼の心臓は、ちゃんと動いている。生きている。そんなことを未だいちいち確かめては安堵してしまう私の、なんと弱いことか。最初の三日間なんて、悠仁が目の前に立っているだけで泣きそうだった。ごめんな、ただいま。そうあっけらかんと笑っては背中をあやす手の温もりが、ただ憎らしかった。


「座ってた方が落ち着くの」
「そうなん?」
「何かあってもすぐ動けるでしょ」
「いやいやいや、そんなんだから疲れ取れねーんじゃん……。俺が見ててやるからちゃんと寝ろって。つーかここ高専だし、全然危なくねえしさ」


視界に入り込んできたピンク色が「な?」と揺れた。無邪気な子犬のようでいて、時折虎の如く鋭さを宿す瞳。見返りを求めず、下心もなく。言葉の裏側さえ透けて見えるくらいどこまでも真っ直ぐな色を持たない眼差しに、震えることを忘れた声帯ごと射貫かれる。

全く。こんな風に剥き出しの心を差し出されて尚頷かない女がいるなら、是非ともお目にかかりたいものだ。


「じゃあ抱き枕んなってよ」
「え、うーん……なまえがいいならいいけど、俺抱き心地は良くねえよ?」
「いいよ。あったかくはなるでしょ?」
「おう。それは任せろ。ぬくいって良く言われる」


大きな口がニッと笑って、覗いた歯が眩しい。

肩を引き寄せ、膝裏を支え。完全に座り込んだ状態から人を抱えてっていうのはそれなりに難しいと思うのだけれど、身体能力ゴリラ以上には屁でもないらしい。そのまま軽々私を持ち上げた悠仁は、まるでそうすることが当然であるかのようにベッドまで運んでくれた。


title 失青