あなたの隣にいるということ



 ぽたり。水滴が携帯画面に着地した。空はどんより曇った鈍色で、汚れた綿あめみたいな雲からぽつぽつ雨が降りはじめる。やばい。慌てて駆け出し、アーケードがある商店街へ逃げ込めば「あ、なまえちゃん」と、聞き慣れた声がした。


「覚くんだ」
「うん。俺だよ」


 寄り道か、買い物か。
 洋服屋さんの少し向こう。ガチャポンがずらりと並ぶその場所に、派手な髪色がしゃがんでいた。半袖長ズボンにビーサン姿。夏を先取りした身軽さが、肌に張りつく湿った空気をやわらげる。

 覚くんはいつものようににんまり微笑み、大きな片手をひらひら振った。
 足が自然と吸い寄せられる。長身の覚くんを見下ろすのは新鮮で、なんだか変な感じだ。


「偶然だね。買い物?」
「ううん、雨宿り。急に降ってきちゃって」
「あー、そういえば天気予報で言ってたねぇ」
「夕方からの筈だったんだけど、ちょっと早まったみたい」
「そっか。じゃー雨に感謝だね」
「どうして?」
「なまえちゃんと会えたから」


 人懐っこい彼の笑顔に、心臓が大きく脈を打つ。

 彼は普段から、思ったことがそのまま口に出る人だった。名前で呼びたいし呼ばれたいと話してくれた時もそう。クラスメイトに、よく一緒にいるよなと、にやにや冷やかされたあの日もそう。『好きだからねぇ』なんてあっさり答えて、周りの皆と私をとってもびっくりさせた。公開告白されてしまったこっちの気なんて知りもしない。いつだって嘘偽りなくありのまま、自分に素直な覚くん。
 分かっているからこそ、余計に心が落ち着かない。嬉しくって、照れくさい。


 皮膚の下を巡った熱がせり上がる。喉が詰まって、言葉が出なくて恥ずかしい。火照る顔をずっと下から見られているのも、恥ずかしい。

 思わずしゃがんで俯くと「かわいー」と頭を撫でられた。「雨がやむまで一緒にいよ」ってお誘いに、頷く以外の準備はいらない。


title 甘い朝に沈む
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