やさしい世界



時間がなかったのか、ワックスがきれていたのか。珍しく髪をおろしたままの天童くんは誰にとっても新鮮で、特に女の子達がわらわら集まっていく。かっこいいってたくさん褒められて「あんがとネー」なんて適当な言葉を返す笑顔は、いつもと同じ。その他大勢に対するそれと同じ。別段嬉しそうってわけでもなく、心底楽しそうにも感じられない。でも知らない人は勘違いする。彼が喜んでいるのだと、上っ面だけを見て思う。そんな女の子達に、天童くんは心を見せない。

チャイムが鳴る一歩手前。話は十分弾んだのだろう。一段落したところで、周りよりも一つ分抜きん出ている頭がこちらを向いた。「おはよー」って手を振ってくれるものだから「おはよ」って振り返す。にんまり。とっても満足そうに笑った天童くんは席へ着いた。




「はー、やっぱなまえちゃんだわー」
「そう?」
「んー。落ち着く」
「そっか。私も落ち着く」


ちょっと時間いい?って連れ出された昼休み。人目がない裏庭の木陰に寝転んだ天童くんを見下ろしながら微笑む。「たくさん褒められてたね」と、目にかかっている前髪を優しく流してあげれば隠れていた瞳が覗いた。

良いなあ、この感じ。
視線が真っ直ぐ交わるこの感じ。


「なまえちゃんは?」
「ん?」
「かっこいーって言ってくんねえの?」
「もういっぱい言われたでしょ」
「言われたけどさー、なまえちゃんは特別枠だしぃー」
「へえ、特別なんだ」
「そーそ。嬉しい?」
「うん。とっても」
「良かったー」


今朝とは違った心底嬉しそうな笑みに、胸がふわふわ浮遊する。

新鮮な手触りの髪をゆるわかに撫でていれば「俺もヨシヨシしたい」なんて長い腕が伸ばされた。仕方ないから少しだけ屈んで撫で受ける。大きな手のひら、骨張った指、優しい手付き。耳裏をくすぐられ、たまらずに笑ってしまう。天童くんの顔が近付いて、距離がゼロになる。


「……天童くん」
「んー?」
「どっちもかっこいいよ」
「、」
「セットしててもしてなくても」


私だけを映す瞳が大きく見開かれ、それからやっぱり心底嬉しそうに、どこか照れくさそうに「もうさー、マジ好き」と笑った。



【夢BOX/天童くんとやさしい世界】