美人嫁にザワザワ



来なくていいって言われたら、余計に行きたくなるもの。クーラーボックスを提げ、開け放たれた扉から体育館を覗く。一応こっそりのつもりだったんだけれど、すぐ側にいた男の子から「うおっ」と声があがった。びっくりさせちゃったかな。そりゃあ知らない女がいたらそうなるよね。ごめんごめん。

片手を立てて謝りつつ「けーくんいる?」って尋ねれば、大きな瞳が瞬いた。泣きぼくろが何とも言えず似合っていて可愛い。


「えっと、すみません。けーくんって分からなくて」
「あ、そうだよね。ごめん。烏養くんのことだったんだけど……」
「ああ、コーチなら職員室に行ってます。呼んできましょうか?」
「ううん。どうせ帰ってくるでしょ? ちょっと待たせてもらってもいいかな」
「良いですよ。大地!」


笑顔で快く頷いてくれた彼に呼ばれ、寄ってきたのは短髪の男の子。キャプテンの澤村くんかな。何度か名前を聞いたことがある。

礼儀正しく会釈をした彼は「ボールが流れてくることがあって危ないので」と、集まる部員の視線を跳ねのけながらわざわざパイプ椅子まで案内してくれた。なんだか申し訳ない。元男バレマネージャーだけれど、折角の気遣いを無碍にしてしまうのも嫌なので、黙ってお言葉に甘えた。ほんと良く出来た高校生だ。今なら時間がありそうだし、先に渡しておいた方が良いかもしれない。


「澤村くん? だっけ」
「、はい。そうですけど……」
「烏養くんから良く聞いてます」


不思議そうな表情のまま言わんとしている彼の疑問に、先回りをして微笑む。


「お口に合うか分からないけど、これ作ってきたの。良かったら皆で食べて」


私に合わせたのか、つられたのか。一緒になってしゃがんでくれた澤村くんにクーラーボックスを開けてみせる。中身は学生時代に良く作ったレモンのはちみつ漬け。途端「良いんですか」と輝いた瞳。高校生って分かりやすい。何だ何だと興味津々に集まってきた部員達の表情もどんどんキラキラしていって、持ってきた甲斐があったなあなんて嬉しく思う。


「すみません、こんなに」
「有難うございます。ほらお前らも」
「「あざっス!!」」
「いえいえー」


揃って告げられるお礼がちょっと照れくさい。そんな大したことじゃないし、と胸の前で手を振っていれば、扉の方に見慣れた金髪が映った。


「お前ら何集まっ……てなまえ!?」
「けーくんお帰りー」
「っ、来んなっつっただろ」
「ちょっとくらい良いでしょ。見て、差入れ持って来たの」


慌てた様子でズカズカ歩み寄ってきたけーくんにクーラーボックスを示す。容量いっぱいいっぱいに詰まってるタッパーを見て、たぶん怒るに怒れなくなってしまったのだろう。もごもご口ごもった彼は、最終的に溜息を吐きながら「ありがとな」と頭を撫でてくれた。こういう時、仄かに香る煙草の匂いが好きだ。職員室って言いつつ、もしかしたら煙草休憩に行っていたのかもしれない。

ふわふわした幸福感に浸ったのも束の間。さっきから突き刺さっている視線に振り向けば、太陽みたいな髪色の子と目が合った。日向くんかな。


「あの、コーチとは知り合いなんですか?」
「うん。知り合いっていうか、」
「なまえ」
「ん?」
「言わんでいい」
「え、自己紹介くらいさせてよ」
「あー……じゃあ名前だけにしてくれ」
「やった。申し遅れたけど、烏養なまえです」
「ばっ、おま、」
「よろしくね」


ついさっき同様、笑みを浮かべて皆を見る。思わず私も固まっちゃうくらい全員が揃ってフリーズしていたけれど、一瞬で解凍された後に響き渡ったのは驚愕の叫び声だった。きっと体育館が揺れたに違いない。私も物凄くびっくりした。


「う、烏養ってことは、もしかして」
「おおお奥さん!?」
「あ、うん。嫁です」
「こんな美人が!?」
「あはは嬉しい。ありがと」
「いやいやお世辞じゃないっすよ!?」


どうやって捕まえたんすか、なんて質問の矛先がけーくんへ向かう。一度始まってしまったらもう止まらない怒涛の質問攻めに「こうなるから嫌だったんだよ……」と頭を抱える姿はちょっと面白かった。

ごめんね。名前だけにしてくれって、名字は言うなってことだったんだね。ごめんね。帰ったらたくさん謝っていっぱい抱き締めるから許してね。



【夢BOX/烏養繋心さんのお嫁さん(美人)が合宿中に差し入れをもって来て、部員達がザワザワするお話】