ハッピーバースデー
旋毛をつつく硬いものに、夢の中から引き戻された。いつの間に眠っていたんだろう。腕の下で広げたままのノートには数字が並んでいて、そう言えば数学の授業中だったと思い出す。
「す、すみません……」
怒られる。そう、おそるおそる顔を上げれば「は? 寝惚けてんの」って辛辣なお言葉を頂いた。随分高い位置にある顔は、先生じゃなくて佐久早だった。もう恥ずかしいやら嬉しいやら。寝起きの頭で、流れ込んできた情報量を必死に呑み込む。
っていうか佐久早クラス隣だよね。何でいるの。そもそも数学終わった時点で誰か起こしてよ。お昼じゃん。すっごいご飯のいいにおいするじゃん。
「オハヨウゴザイマス」
「片言やめろ」
あ、ちょっと笑った。
マスクで口元が見えなくても、それくらいはなんとなく分かる。「何か用事?」ってノートを片付けると、綺麗になった机の上に箱が置かれた。コンビニで売っている、ちょっとお高いチョコレート。さっき私の旋毛をつんつんしたのはこれか。どうやらプレゼントらしい。
有難く受け取れば「誕生日おめでとう」なんて、ぶっきらぼうな声が小さく聞こえた。あれ。ちょっと待って。
「え?」
「……何」
視線が交わって数秒。一瞬のフリーズから抜け出す。確かに今日は誕生日だけれど、佐久早に教えた覚えはない。
聞けば、この間交換した連絡アプリのタイムラインに表示されていたらしい。なるほど。納得。佐久早もタイムラインとか見るんだね。
「それでわざわざ買ってきてくれたの?」
「まあ。甘いもの好きだろ」
「うん。めっちゃ好き。有難う。嬉しい」
「それ喜んでんのかよ。また片言だけど」
「やーあんね、嬉しすぎてどう反応したら良いか分かんないの今」
まさかこんなナチュラルに祝ってもらえるだなんて思ってもみなかったし、何て言うか心臓に悪い。しかも私の甘党までしっかり把握済み。夢みたい。
せり上がる幸福感に頬が緩んでいく。そんな私をじ、と見下ろしたままの佐久早は、どことなく満足そうだった。