眠れない嫁を甘やかす



おろしていた瞼を押し上げる。暗い部屋。呼吸音。静寂の中に響く、規則的な秒針の音。もう日付は変わったかな。

穏やかな心音と温もりを感じながら、いつの間にか詰まっていた息をこぼす。ゆるり。まるで呼応するように身じろいだ彼の手が、私の髪を撫でた。


「眠れないのか?」


薄ら開かれた瞳。起こしてしまったのか、起きていたのか。私の背中をゆるやかに叩いた大地は、ふ、と口角を緩めた。あの頃よりも随分大人びた眼差しに、一瞬見惚れる。


相変わらず素敵な人。無条件に優しさを差し出せる、心の強い人。昔からこうだった。烏野高校の卒業式で第二ボタンを貰ったあの日から、ずっと。

明日も朝から会議のくせに、気にかけるのは私のことばかり。それがくすぐったくもあり、情けなくもあり、嬉しくもあり、心配でもある、愛しい愛しい私の旦那さん。


「大丈夫だよ」
「お前の大丈夫は当てにならないからな……」
「そう?」
「そう」
「そんなことないよ」
「そんなことあるんだよ」


そうかなあって過去を振り返る。まあ確かに、ちょっと我慢する癖はあるかもしれない。でも、いつも大地が上手い具合に甘やかしてくれるものだから、溜め込んだことはなかった。

こめかみから耳後ろをなぞる無骨な指。夜特有の低音が心地好くて、ずっと聞いていたいような、胸にしまっておきたいような不思議な感覚にふわふわ酔う。


「ホットミルクでも飲むか?」
「ううん。明日早いんでしょ?」
「まあ早いけど、なまえも大して変わらないだろ」
「大丈夫だよ。私はいつもだし」
「じゃあ、俺が飲みたいからついでにいれる。どう?」
「うーん……それならお願いしよっかな」
「よし。ちょっと待ってろ」


勝ったって感じの、嬉しそうな笑み。私の額へ唇を落とした大地は、ベッドから抜け出てキッチンへ歩いていった。



【夢BOX/澤村大地でなかなか眠れない恋人(奥さん)を甘やかすお話】