隣に立つまであと100分



委員会の手伝いが、思ったよりも早く終わった放課後。ちょっとだけ練習を見ていこうと体育館に立ち寄る。お疲れ様、と声をかければ、すぐそこにいた菅原は「まーた影山かー?」と笑った。お察しの通り、私の目的は可愛い可愛い後輩である。それはもう、目に入れても痛くないくらい、とても可愛い。でも邪魔はしたくないから、練習が終わるまではこっそり見ることにしている。


「今は何の練習してるの?」
「んー…まあ、見てりゃ分かるべ」


悪戯っ子のように笑う菅原の視線の先。床に貼られたテープの外に立っている飛雄は、いつもより真剣な表情で、何度かボールをついていた。体育程度の知識しかないけれど、あの位置からってことはサーブだろうか。バイトのせいで試合には行けていないし、思えば、飛雄のサーブを見るのは初めてかもしれない。

頑張れって気持ちと期待がふくらむ中、ふわりと宙に放たれたボール。飛雄の腕が後ろに振られ、助走を終えた足が、ラインギリギリの位置で跳ぶ。その全てが、まるでスローモーションのようにハッキリ見えた次の瞬間、鼓膜を突いた衝撃音に全身が震えた。反対側のコートへ綺麗に入ったボールが、床から壁へとバウンドして転がる。凄い。当たったら腕もげそう。

気付いていないのか、気にしていないのか。私の視線がボールから飛雄へ戻ったように、皆の視線が集まる中。ひとりガッツポーズをした飛雄は「スガさん!」とこちらを向いて、目を真ん丸にして、固まってしまった。あ、見つかった。


「なまえさん!来てたんスか!」
「さっきね。お疲れ様〜」


急ぎ足で一直線に寄ってくる飛雄に手を振ると、嬉しそうにそわそわし出すのだから可愛い。コートの中ではあんなにかっこいいのに、本当狡い。

菅原に用事があったんじゃないの、と声を掛ければ「や、見てもらってたっぽいんで大丈夫っス」なんてよく分からない返事が寄越された。さっきのサーブのことかな。相変わらずキラキラしている瞳に吸い込まれそうだ。一年生って眩しい。


「今日はバイトじゃないんスか」
「うん。委員会があったから休んだんだけど、早く終わったから来てみたの。さっきのかっこ良かったよー」
「あざス!あれあんまり成功しないんスけど、なまえさんに良いやつ見せれて良かったっス」


ああ、可愛い。心のオアシス。
なんて癒されていたら「こーらお前ら」って澤村の声。はいはい分かってるよ。また飛雄の集中が切れちゃうって言いたいんでしょ。一応こっそり見てはいたんだけど、バレちゃったんだから仕方ないじゃんね。

苦笑気味の澤村に、理解してるよって意味でオッケーサインを送る。さて、このそわそわしているヒヨコのような飛雄を部活に戻すには、どうすればいいんだろうか。そういえばこの間、一緒に帰りたがってたなあ、と思い出す。飛雄は部活があるし私もバイトがあるしで、下校時刻がかぶる機会なんて滅多にない。


「ねえ飛雄」
「?」
「部活終わったら、一緒に帰ろっか」
「!いいんスか」
「うん。だから最後まで頑張ってね」
「うっス!」


応援の意を込めて軽くガッツポーズをすれば、飛雄も同じように小さくガッツポーズをした。私より頭二つ分くらい大きくてガタイもいいのに、何だろうこの可愛さは。やっぱり狡い。

少し屈むようにちょいちょいと手で示せば、疑問符を浮かべながら素直に膝を曲げたので、頭を撫でておいた。とても嬉しそうにそわそわし出したその背中を押して、コートへ戻す。さあ、行った行った。あんまり遊んでると、また澤村パパに怒られちゃうよ。