神様はいま肺の中



 口角が、とてもしとやかに持ち上がる。
 親戚の葬儀で顔を合わせた松川は学生の頃と変わりなく、品よく目元を細めて笑う男だった。優しそうで色っぽい。菫のように慎ましく、けれど余裕と胡散臭さを孕んだ笑い方。

「似合うね、スーツ」
「どーも。みょうじは……似合わないね、なんか」

 一呼吸置いて失礼なことを言った松川は、黒だからかな、と首を傾けた。どうやら彼の中に生きるわたしは、明るい色をしているらしい。確かに当時はいつも、いかにも私立ですって感じの制服姿で会っていた。ライトブルーのワイシャツもスカートやリボンのカラーも全部、基調の白を邪魔しない。
 いってしまえば清楚で地味。しかも汚れや黄ばみが異常に目立つ。だからわたしは好きじゃなかった。ううん、わたしだけじゃない。大半の生徒はたぶん、あまり好んでいなかった。

 煙たいような落ち着くような、昔おばあちゃん家で嗅いだような匂いが頬を掠めてく。松川にとってはこれが日常なのだろう。気にする素振りは微塵もなくて、ただ内ポケットから煙草を取り出し火をつけていた。あまりに自然な慣れた手付きが大人っぽい。こんなことで大人っぽいと思うわたしは、まだ子どもっぽいのかもしれない。だから喪服が似合わないのかもしれない。
 ……松川は、どうやって大人になったのかな。

「バレー、まだやってるの?」
「うん。たまに」
「ふうん。スポーツマンなのに吸うんだね」

 ぱちぱち、見開かれた瞳が小さく瞬いた。みょうじ、そんなこと気にするんだ。目が口ほどに物を言う。いや、松川の目は静かだし、他人の本心なんてわからない。それに気にするってほどでもない。ただ幼少期、叔父さんが言っていた。煙草は体に良くないのだと、煙をふうっと吐きながら。今もきっと、空の向こうでふかしているに違いない。


「眠気覚まし代わり、かな」

 目が合うなり、松川は小さく笑った。品よく目元が細まる様は、優しそうで色っぽい。学生時代と変わらないのに、どこか大人びて見える。スーツのおかげか煙草のせいか。一体なにが、子どもを大人にするのだろう。

「わたしも吸ってみようかな」
「やめた方がいいよ」
「どうして?」
「んー」

 口角がすっと下がって、視線が横へ逸れていく。
 体に悪い。そう叔父さんはひと纏めにしていたけれど、煙草のなにが体のどこへどう悪いのか、詳しく説明してくれるのか。それとも他の理由を探しているのかな。
 松川の頭の中はわからない。松川も、大人になりたいわたしの心は覗けない。


「……みょうじには似合わないから」

数秒沈黙がおりたのち、穏やかな声が微笑んだ。


title 約30の嘘