神様のおつかい



 花がすきだと伝えたら、花を買ってきてくれるようになった。週に一度、決まってわたしの休み前。もう恒例と化しているのに彼はいまだ照れくさいようで「なまえ、ん」と、ぶっきらぼうに渡される。

「きれい。アサガオなんてあるんだね」
「俺も初めて見た。今日入ったんだと」
「そっか。もう夏だもんね」
「おう」
「ありがとう。ピンクかわいい」
「……風呂行ってくる」
「いってらっしゃい」

 泳いだ視線に逸れた顔。赤く染まった片耳が脱衣所へと消えていく。
 不満はない。どんなところも好きだと思う。それに、感謝の言葉は日常のそこかしこで聞いていた。洗い物をしてくれてありがとう。洗濯を回してくれてありがとう。干して畳んでアイロンをかけて、お弁当もご飯も作ってくれてありがとう。いつも笑顔を努めてくれてありがとう。傍にいてくれてありがとう――。よくわからないところで照れる時も多々あるけれど、いくつになっても素直なはじめは微笑ましい。

 茎の長さを調節し、小ぶりな花瓶へ花を生ける。華やかな青や紫ではなくピンク色を選んだのは、はじめが抱くわたしに対する印象ゆえか。みずみずしくもやさしい花弁を見つめていると自然と頬が緩んでいって、部屋の温度があがった気がした。なんだか体が軽いのは、心がふわふわしているからか。
 嬉しいなあ。選手の管理で頭いっぱいなはずなのに、わたしのこともちゃんと考えていてくれる。嬉しいなあ。嬉しくって、くすぐったい。

 せっかくだから一等席に飾ろうとダイニングテーブルへドイリーを敷く。真っ白なレース編みさんごめんなさい。今日から七日間くらい、淡いピンクの引き立て役をお願いします。そう心の中で手を合わせ、今夜のご飯を盛り付ける。はじめが好きな和食だけれど、残念ながら大好物の用意はない。だから明日はメインにしよう。うんと美味しい揚げ出し豆腐と冷たい麦茶で迎えよう。愛しいはじめの喜ぶ顔が見たいから。


title 約30の嘘