この心臓のはんぶんはもうきみの色をしている
上着を忘れた。正確にはわざと家に置いてきた。今日は雪も降っていないし、どうせすぐ屋内に入る。だからいらないと思ったし、実際、バレーボールの試合が白熱する体育館は暖かくていらなかった。帰りもバスか電車に乗れば凍えることはない。
けれど、同じく観戦に来ていた岩泉くんにたまたま会って「よかったら送ってくけど、みょうじ、歩きか?」と聞かれ、思わず頷いてしまった。せっかくだから、少しでも長く一緒にいたかった。
嬉しいと寒いを心の中で繰り返す。
隣を歩く岩泉くんは相変わらず言葉数が少ないけれど、それでもぽつぽつ話してくれた。今日試合に出ていた高校のこと、私がいるとは思わなかったこと、来た時は及川くんと一緒だったこと、先週の寒波が凄かったこと、朝食べた目玉焼きの半熟具合が丁度良かったこと。
北風に混じって届く岩泉くんの声は心地がいい。
冬特有の乾いた空気が頬を擦る。さむい。けれど二人で並んで歩ける機会はそうそうなくて、今地下鉄に逃げてしまうのは勿体ない。
自分の腕を抱くようにして背を丸め、せめて体温を逃がさないようにする。吐いた息が白く染まった。
不意に岩泉くんの足が止まった。私は彼より二歩進んだところで気づき、振り向きざまに顔を上げる。一瞬交わった彼の視線が泳いで、やがて戻ってくる。
「その……入るか?」
そう言った岩泉くんはジャンパーのポケットに突っ込んでいる腕を躊躇いがちに広げ、自身の片脇に人ひとり分のスペースを作った。
反応できずに瞠目する。びっくりした。普段そんなことをする人ではないし、思いつく人でもないはずだ。及川くんか花巻くんあたりの入れ知恵かな。ああもう。ダメだ。頭が真っ白で、なにも考えられなくて。ただ、私にとってずいぶん魅力的なお誘いであることに変わりはない。
気づいたら頷いていた。気づいたら、身を寄せていた。
「ちょっとはマシか?」
「うん。岩泉くん、あったかい」
「まあ、今のみょうじよりかはな」
「ごめん、私冷たいよね」
「いや、そうでもねーから気にすんな」
「ありがとう」
行き場がわからないのか、照れているのか。どこにも着地しない岩泉くんの大きな手をジャンパー越しに引き寄せて、私の脇腹へ落ち着かせる。こうする方が歩きやすいし、体温がこもって温かい。
岩泉くんの片腕に包まれる。
きっと私は生涯ずっとこの温もりと匂いと胸の高鳴りを忘れることはできなくて、ほんのり赤い頬と耳を冬のせいにする彼も、何度も思い出すのだろう。