かわいいひと
うなじに触れた指が冷たくて、めずらしいと思った。振り向いて、それが本当に指であったことを視認する。ごつごつした男の指は中途半端に開いたまま、不似合いな髪ゴムが中腹あたりにかかっている。私の髪を結ぼうとして叶わなかったはじめの両手が戸惑っていた。
「わりぃ、引っ張ったか?」
「ううん。大丈夫」
前を向いて座り直す。指、冷たかったから。と言うとはじめはもう一度わりぃ、と謝った。ついさっき手を洗ったらしい。
べつに謝ってほしかったわけではなくて、私の言い方が悪かったなあと心の中で反省する。口にしたところで、彼が三度目の謝罪を発する羽目になるだけだと知っていた。
はじめの指が私の髪をすくいなおす。小鳥に触れるようにこわごわと、ガラスを扱うようにおそるおそる。
そういえばはじめはよく、私のあちこちが折れそうだと言う。首も指も髪も腰も、すべてが細くて壊してしまいそうだと言う。そんなにやわじゃないのだけれど、まあ日頃からしっかり鍛えておくことが仕事である男性からすると、世の女性はみんなか弱く見えるのだろう。
悪い気はしていない。物足りなくなる時はあるけれど、優しく扱われることは嫌いじゃない。誰だって好きな人にとっては宝物でいたいもの。
「はじめ、息止まってない?」
「たぶん止まってる」
「え」
「心配すんな。今し出したから前、向いてろ」
振り向こうと無意識に伸ばしかけた背を戻す。髪を後ろでひとつ纏めにするだけ、しかも、はじめは私が泊まる度にこのお願いを叶えてくれているのにまだ緊張するらしい。声色も心なしか真剣で、こんなにまっすぐな人を私は他に知らない。
「できたぞなまえ」
「ありがと」
「どーいたしまして」
立ち上がったはじめを尻目に結び目に触れる。すごい、地肌が引っ張られている感じがしない、いい塩梅の緩さが心地いい、私好みの仕上がりだ。
「はじめすごいね」
「上手く出来てっか?」
「うん、上手。天才。神」
嬉しさのまま、ふわふわ浮き立つ心のままに褒めそやす。キッチンでお揃いのマグカップを出していたはじめは「だろ」と、心底嬉しそうにニッカリ笑った。