この傷も結び目



 最近、よく死について考える。といっても重い意味じゃない。たとえば自分がおばあちゃんになったその先のこととか、おばあちゃんになる前の日々のことをぼんやり思う。
 誰にも優しくできない人生だったから、きっと私は、これからもそうなんだろう。優しさってむずかしい。

 人付き合いは、私にとって我慢の連続だった。ずっと、それが普通だと思っていた。でも、べつに我慢して一緒にいる必要ねーだろ、と言われてからは好きに生きている。
 友人は二人。友人未満が三人。知人はたくさんいるけれど、連絡先を知っているのは十人くらい。そのうち数人とは、年に一度ご飯に行くだけ。少ないと思う。我慢をやめたらこうなった。狭く、深く。楽しい時も悲しい時も分け合える人としか会わない。私の人生における人付き合いは、両手の指で足りてしまう。


「まあ、みょうじはなんつーか、重いからな」
「それ、元カレにも言われた」
「……すまん」


 岩泉くんは顔をそらした。ストローの先を噛む癖は、高校の頃から変わらない。
 いいよ、ぜんぜん、事実だから。


「重いって言い方は、悪かった」


 だからいいって。そう言いかけて、岩泉くんが私を見ていることに気付く。彼の視線は、いつもまっすぐで心地がいい。安心するし、ハッとさせられる。思わず見つめ返してしまう。
 彼は変わらない。いい意味でも、きっと、悪い意味でも。制服を着ていた頃と同じ空気をまとっている。人に自分を預けない。ブレない。

 視線を落とし、テーブルの水滴を拭いながら、彼は言葉を探すように口を開く。言葉の海からすくい上げたひとつひとつを音にする。


「人ってよ、触れられたくねぇとことか隠しときたいもんがあるだろ。おまえはそれを見抜いて、丸ごと聞いて、受け入れたり整理したりする。それがおまえの優しさで、人と向き合う上での当然なんだと思う。けど、それを怖がる奴もいるし、余計なお世話だって思う奴もいる。上辺だけの軽い感じのが安心するって奴の方が、たぶん多い。ただの価値観の違いだし、そもそも合う奴なんてそうそういねぇ。だからべつに、おまえが優しくないわけじゃねぇし、人付き合いが下手なわけでもない」
「そうかな」
「そうだろ」


 カラン、と氷が鳴る。傾いたストローに、岩泉くんの視線が落ちる。


「まあ……なんだ。おまえが悪いわけじゃねーから、あんま考えんな」
「うん」


 くるくるとグラスをかき混ぜる。ミルクが混ざって色が薄くなっていく。
 岩泉くんは、私にとってのミルクだ。濃くなりすぎた私を薄めてくれる。小さく息をついた岩泉くんが、ふっと笑う。


「じいさんになっても、俺はおまえと喋ってそうだ」
「私がずっとくよくよしてるってこと?」
「ちげーよ。長い付き合いになるだろってことだ」


 ステンドグラス越しの陽射しが強くなる。岩泉くんの左手で、おそろいの指輪が光った。



title alkalism