名字が変わったことになれない嫁



「岩泉です」って名乗る時、なんとなくの違和感が浮上する。電話に出る時やお店を予約する時、宅配を受け取る時だったりクレジットのサインを書く時なんかもそう。籍を入れてもうすぐ一年だってのに実感は未だ湧かなくて。この間なんて、ご近所さんに呼ばれて反応出来なかった。どころか、はじめが近くにいるのかなって目で探してしまった。なんとも恥ずかしい。

って話をたまたまスーパーで会った及川にしたら、数日と経たない内に本人へ伝わって大笑いされた。恥ずかしい。


「もう。あんまり笑わないでよ」
「ははっ、わりぃわりぃ」


全くずるい人って口を尖らせる。はじめの笑顔は魔法みたいだ。胸の内を漂う不満さえ、簡単に吹き飛ばしてしまう。危うく良いよって許してしまうところだった。


「まあ、慣れねえのも仕方ねえんじゃねえか」
「そう?」
「一緒に住んでたし、明日から岩泉ですって言われたようなモンだったろ」
「まあ……うん」
「何も恥ずかしいことねえべ」


相も変わらず、真っ直ぐに私を映す瞳が細められる。無骨な手にくしゃくしゃ頭を撫でられてしまえば、悔しいかな。もう不満なんて引っ捕まえても留まってくれやしなくて、はじめがそう言うなら別に良いかなって気持ちが心を満していく。いよいよどんな顔をしていいか分からなくなってお礼と共に突っ伏せば「可愛い奴だな」って笑い混じりの声が聞こえた。



【夢BOX/結婚して名字が変わったことになかなか慣れない岩泉のお嫁さん】