悪戯に恋



あ、と思った時には遅かった。

中庭の自販に寄った帰り。どこからともなく飛んできた物体に左手を弾かれ、持っていた缶コーヒーが宙に浮く。こぼれ出た中身が地面にぺしゃり。おっとっとってよろけた体を保つ。

何もかもがスローモーションに見えたのは初めてかもしれない。なんて暢気にフリーズしていたら「わりぃ!」と鼓膜を突いた、覚えのある声。


「怪我ねえかみょうじ!?」
「ごめんね〜!」


慌てた様子で駆け寄ってきたのは、同じクラスの岩泉。ついで、かの有名な及川。なるほど。飛んできた物体はどうやらバレーボールだったらしい。いつもじゃれ合っている二人のことだから、きっと熱が入り過ぎたか手元が狂ったか、当てようと思ってぶん投げたら避けられてしまったかのどれかだろう。

「大丈夫だよ」と片手を振ってみせれば、岩泉の眉間にシワが寄った。ごつごつした大きな手に手をとられ、じわりと滲む熱。


「痛くねえか、これ」


折れていないか確認するように優しく甲を押され、初めて自分の皮膚が赤くなっていることに気付いた。けどまあ、ちょっとじんじんするくらいで別に痛くはない。及川の「冷やした方が良いんじゃない?」って気遣いに、首を横へ振る。


「本当大丈夫だよ。ちょっと当たっただけだし」
「後から腫れるかもしれねえだろ」
「そんなか弱くないしいけるいける」
「けど……」
「大丈夫だって。心配し過ぎ」


腑に落ちない表情でコーヒーの買い直しまで申し出てくれた二人に苦笑する。律儀なところは好きだけれど、どうしたもんか。普段あんまり向けられることのない女の子扱いが、妙にくすぐったくて困る。

どうにか空気を変えてしまいたくて、未だ触れたままの手を悪戯に握り返せば、岩泉の肩が小さく跳ねた。恥ずかしそうにぱっと離された温もりが、なんだかちょっと名残惜しかった。