幸福理論



聞き慣れない駅名を告げるアナウンスが、鼓膜を震わせた。ゆるやかな車体の揺れに合わせ、腰を落ち着けている座席から振動が伝わる。

たくさん遊んで、たくさん一緒に過ごせて、たくさん構ってもらえて。身も心もすっかり満足した今、まるで満腹になった時のような、どうしようもない眠気に覆われている。必死に意識を繋ぎ止めて、なんとか瞼を押し上げながら、うつらうつら。そんな折、とんとん。控えめな指先に、手の甲を小突かれた。顔を上げようとしたけれど、先に動いたのは、はじめくんの方。耳元へ寄せられた唇。掠める吐息がくすぐったい。


「凭れて寝てていいぞ。着いたら起こしてやるから」


ああもう。好きだなあ、こういうとこ。私を落ち着かせることに長けている低音も、私だけに許されたこの距離も、あんなに不器用だったはずなのに随分上手くなった優しさの使い方も。


お言葉に甘え「ありがと」って微笑みながら、座り直したはじめくんへ凭れる。

はたから見た私達は、まだ片思いだった頃の自分が羨ましがっていたような恋人同士になれているだろうか。電車の中で肩を寄せ合って、手を繋いで、二人だけの空間がそこに在って。まあ、彼が恥ずかしがるから滅多に人前で手は繋がないし、なんなら今もそうだけれど、でも、満たされていることに変わりはない。嬉しさも愛しさも、いつだって等しく増幅していく。


「ありがとう」
「おう。おやすみ」


はじめくんの体温は少し高く、薄いティーシャツ越しに、ほんのりとした緊張が伝わって、ちょっとだけ笑ってしまった。