そんなとこも好き



なんだか朝から、お腹が痛かった。
元々胃腸は弱い方だけれど、この痛みは月一でやってくる厄介なあいつかもしれない。レディーファーストとかレディースデイとか色々お得な世の中だけれど、この時ばかりは女の子って嫌になる。なんだか腰も痛いし、頭も痛いような気がする。嫌だな。今日はせっかく部活がなくて、気晴らしにヒトカラでも行こうと思ってたのに、なんとも間が悪い。

ブランケットを敷いた机に頬を押し付ける。傍から見た私も、さぞかしぐったりしていたことだろう。隣を通った足音から「うおっ」て声が聞こえた。


「大丈夫か?」
「今んとこまだいける」
「いけねえだろ。顔真っ青だぞ。酷くなる前に帰った方がいいんじゃねえのか」
「んー……」


顔を上げなくても分かる。私を心配しているのか諌めているのかよくわからない物言いも、少しガラついた声も、首筋に触れるごつごつした指も、全部知っている。熱を測っているのかな。もしかしたら微熱くらいはあるかもしれない。でも我慢出来ないほどじゃない。帰った方がいいと言われたって、もう終礼だけだ。

「はじめ」と名前を呼べば「ん?」と応えたその大きな手に、くしゃくしゃと頭を撫でられる。気持ちいい。


「お腹痛い」
「変なモンでも食ったのか」
「やめてよ。及川じゃあるまいし」
「似たようなモンだろ」
「私あんなうるさくないし、はじめにしかデレデレしません」
「おー…」


ぴくりと震えた指が止まる。相変わらず突然のデレには耐性のない男だ。この間部屋に遊びに行った時だって、テレビを消してねえ好きって言った途端、そっぽを向いて黙ってしまった。あの時は耳が真っ赤になっていたから、相当照れていたんだと思う。はじめのことなら何でも知っている及川いわく、私が初カノだそうだ。それはそれでなんとも嬉しい。さらっと男前なのに素晴らしいギャップだと思う。モテそうなのになあ。積極的なファンがいないのか、そもそも鈍感なのか。何にせよ、それが幸を為しているのだから有難い。ああ、お腹痛い。


「終礼だけ頑張ったら直帰する」
「送ってこうか?」
「ありがと。気持ちだけもらっとく」


ゆっくり上体を起こして、笑ってみせる。はじめには今日も部活があるだろうし、副主将を遅刻させるわけにはいかない。告白した時から既に、自分と部活を比べるようなことは絶対にしないでおこうと心に決めていた。バレーをしているはじめを好きになったのだ。是非とも部活を優先して欲しい。それに、はじめの優しさに触れられただけで案外幸せだ。お腹は痛いけど。

ブランケットを手繰り寄せる。少し眉を寄せたはじめは、珍しくスマホに指を滑らせていた。そろそろ先生来るんじゃないって席に戻るよう促したけれど、返ってきたのは生返事。珍しい。不思議に思いながらそのまま見上げていると、用事が済んだのだろう彼は「おし」と言った。


「及川に休むっつっといた」
「え…?」
「?何キョトンとしてんだ」
「や、だって、部活……ごめん…」
「ああ、気にすんな。お前のが大事だしな」
「……」


ガラッと扉が開いて先生が入ってくる。気付いたはじめは「無理すんなよ」と言い残して、自分の席へ戻っていった。本当は、有難うとか何とか言えたら良かったんだけど、あいにくそれどころじゃない。きっと無意識なんだろう男前なセリフが、頭の中をぐるぐる回る。ああもう、どうしよう。きゅんっと締まった胸が、思いのほか苦しい。お腹の痛みも頭痛も、なんだか忘れてしまいそうだった。