雨が連れてきたあなた



靴を履き替えながら、ポツポツと降り始めた雨の音に耳を傾ける。朝からどんよりしていた空は、とうとう泣き出してしまったらしい。

そう言えば、夕方からの降水確率が高いのだと、お天気お兄さんが言っていたような気がする。残念なことに、遅刻ギリギリだった私に傘を持ってくる余裕などなかった。早起きは三文の得と言うが、こういうことかと痛感する。目覚ましを止めてから更に寝てしまって、どうもすみません。


ずぶ濡れは嫌だなあ。

随分強くなった雨足に、思わずこぼれたのは溜息。少し待っていれば、マシになるだろうか。傘を差して帰っていく生徒を見送りながら、雨がやむのをぼんやり待つ。

せめて小降りになってくれれば走って帰るのに、雨足は強くなる一方だ。窓を叩く雨音が、生徒達の声を掻き消すようだった。


「みょうじ?」


柱に背中を預けていれば、不意に名前を呼ばれた。
誰だろうと振り向けば、隣のクラスの岩泉。バレー部の副主将であるこの男とは、去年まで同じクラスだった。一年、二年と続いたものだから、てっきり三年も同じになると思っていたけれど、別々になってしまった。きっかけが何だったかはもう忘れてしまったものの、それなりに話す仲である。

友達と言うには少し遠くて、知り合いと言うには随分近い。多分、そんな距離。

相変わらず大きい人だと、彼が歩み寄ってくるにつれて角度が増す首の裏に手を添えた。


「お付きの人はいないんだね」
「ぶふ、」


いつもならいる筈の、顔だけは綺麗な及川が、今日は見当たらない。何が面白かったのか、吹き出した岩泉の隣には、穏やかな空気が流れている。常に怒っているように見られる岩泉だが、及川さえいなければ至って普通だ。


「バレー部は?」
「カラオケに行くんだと」
「へえ。岩泉は行かないの?」
「おう。パス」
「歌下手だもんね」
「るせ」


ぺち、と額を弾かれる。
女子を叩くとは何事か、と数十センチ上にある顔を睨んだものの、にやりと笑われては何も言えなかった。


「誰か待ってんのか?」
「ううん。傘忘れたの」
「まじか」
「まじまじ」
「みょうじって意外と抜けてるよな」
「岩泉ほどじゃないよ」
「どういう意味だ」
「ぅわっ、ちょ…!」


わしゃわしゃと、大きな両手に頭を揉みくちゃにされる。
抵抗を試みたが運動部の男に勝てるわけもなく、結局ぐしゃぐしゃにされてしまった。

何とも複雑な気持ちである。そんな私の心境など知ろうともしない岩泉は楽しそうに笑っているのだから、尚更複雑な気持ちである。それでも、岩泉の笑顔を見ると、まあいいかなんて思えてしまう自分がこわい。

なんだか悔しかったので、かたい腹を軽くグーパンしてやった。