やさしさを包む



はじめの泣きっ面を見るのは、いつぶりだろうか。白鳥沢に負けた時以来かな、と、大きな背中を宥めながら記憶を辿る。
悔しかったね、頑張ったね。そんな言葉はどれも似合わなくて、たった一言「お疲れさま」と声を掛けた。返事はなかった。ただ、人前では滅多にくっつかないはじめが、まるで縋るように私を強く抱き締めるものだから、私の選択は間違っていなかったのだと安堵した。







「はじめ、着いたよ」
「ん…」


疲れが溜まっているのだろう。皆の寝息が響くバスが校門をくぐって停車したところで、はじめの肩を揺らす。赤い目を擦って、もう一度「ん」と返事をした彼は、もう泣いてはいなかった。

監督さんとコーチについで、殆ど目があいていない皆と一緒にバスから降りる。いつも打ち上げだ何だと騒ぐ皆だけれど、今日ばかりはそのまま解散になった。「寄る所があるから、二人で帰りなよ」と手を振る及川くんのお言葉に甘えて、はじめと二人で帰路につく。もしかしたら気を使ってくれたのかもしれないし、本当に寄る所があるのかもしれない。わからない。

校門を出て、皆から見えなくなっただろうところで、はじめの大きな手を握る。
並んで止まった赤信号。聞こえたのは、緩やかな溜息。


「わりぃ」


ぽつりと呟くようにこぼされた声は、それでもちゃんと、街の音にかき消されることなく私の鼓膜を揺らした。片手で目元を覆って「かっこわりぃとこ見せたな」と俯く彼を、かっこ悪いと思ったことなんて、一度もない。


「いつもかっこいいよ」
「…マジか」
「だってはじめだもん」
「どういう事だそれ」


はじめが小さく笑ったと同時に、信号が青へと変わった。どちらからともなく歩き出し、自然と合わせてくれる歩幅が愛しい。握り返してくれた手はあたたかく、この優しい熱が、彼の心まで伝わればいいと願う。


「いつもありがとな、なまえ」
「どういたしまして。何もしてないけど」
「何もって事ねえべ」
「ほんと?」
「おう」
「だったら嬉しい」


思わず緩んだ頬のままに隣を見上げると、はじめの瞳が優しく細められた。
まだ本調子ではないだろうけれど、私が傍にいることで少しでも気が休まっているのなら、それはとても贅沢なことだった。