とてもむずかしいこと



前から三両目の一番後ろ。
一週間前に付き合い始めた一つ年下の彼女に、朝練がない日は一緒に登校したいと言われて約束した車両へ乗り込む。一番扉に近い席を確保して、揺られること二駅。

「おはようございます」と姿を見せたみょうじに挨拶を返す。隣に座った彼女からふわりと香る、仄かな甘い匂い。
普段、バレー部のデカい連中といるせいか、あるいは女子と接することが少ないからか、華奢なサイズ感のみょうじが傍にいることには、まだ慣れない。それでも、学生が多い時間より一本早いこの電車を選んで良かったと思う。


「せっかくゆっくり寝れる日に無理言ってすみません…」
「や、いつも目ぇ覚めるし全然。俺こそ時間取ってやれてなくて悪い」
「大丈夫です。バレーしてる先輩も好きなので」


さらりと紡がれた二文字に、心臓が変な音を立てる。

告白された時もそうだった。
付き合いが長い分、及川が告白されている現場を目にしたことがあるが、皆緊張で切羽詰まった様子だったと記憶している。それに比べてみょうじは、極自然に、まるで遊びにでも誘うかのように「一年前から好きでした」と微笑んだのだ。


なるべく平静を装って礼を言えば、口元に手を当てた隙間から、あの時と同じ、嬉しそうな笑みがこぼされる。カーディガンから覗く指先は、少し赤くなっていた。


「もう寒くなりましたね」
「だな。それ霜焼けか?」
「んー…予備軍です」


指先を擦り合わせながら、ころころと笑う姿を真っ直ぐ見れずに視線を落とす。目が合うのは、まだなんとなく照れくさかった。

視界に映るみょうじの赤みを帯びた小さな手は「冷え性なんです」と言った言葉通り、俺と違ってとても冷えやすいのだろう。かといって、手袋をするには早い季節だ。

せめて一緒にいる間くらい温めてやれたら、なんて愚考する。動きかけた指先は、そのまま握ることで誤魔化した。
まだ目すらまともに合わせられねえってのに手なんか握ったら、きっと緊張で死ぬ。

そんな俺の落ち着かない心情を知ってか知らずか、みょうじは少し身を屈めてこちらを覗き込み「岩泉先輩はあったかそうですね」と緩やかに微笑んだ。