きみがあんまり眩しくて



恋を知って、自分磨きを知った。

バイトで貯めたお金でちょっとオシャレな美容室に行き、伸ばしっぱなしだった髪を綺麗に切って染めてもらう。今までスキンケアくらいだった顔は、動画でいいなと思ったコスメを集めて、勉強しながらメイクを頑張る。形を整えた爪には、透明な保護液を塗ってつやつやに。制服も私服も、動きやすさ第一から清楚第一に変えて、全部校則に引っ掛からないよう、ナチュラルを心掛けた。

結果、男の子に声を掛けられることが多くなり、友達からは可愛くなったと褒められるようになった。でも、一番見てほしい人は、及川くんが私を褒める言葉に「おう」とか「ああ」とか相槌を打つだけで、以前より、視線が合わなくなってしまった。
好みじゃないのかと、いろんなメイクを試してみたが、これといって反応に変化はなく、私の心は沈んでいく。


もっと頑張らないと、振り向いてはくれないんだろうか。それとも、どんなに頑張ったところで、私じゃダメなのか。もしそうだとしても諦めたくない私は、じゃあどうすればいいんだろう。

胸が痛い。
日に日に増していくそれが、気力すら奪っていく。
私の恋心を知っている及川くんは励ましてくれるし、お昼にも誘ってくれるけれど、それすらなんだか申し訳ない。食欲も湧かないものだから、結局具合が悪いと断った。



保健室のベッドの上。
真っ白なカーテンをぼんやり眺めながら、ゆっくり呼吸をする。

こんな時、いつも頭を撫でてくれた大きな手を思い出して、息が苦しい。そう言えば、髪を整えるようになってから、岩泉くんは撫でてくれなくなった。伸ばされた指先は、私に触れる前にぴくりと震えて、引っ込められるのだ。


「失礼します」


不意に聞こえた声に、心臓が跳ねる。
さっきまで居たはずの先生は、どこかへ行ってしまったのか。静かに響いた岩泉くんの声に対する返事はなく、足音が近付いてくる。


「みょうじ?」


控えめに紡がれた名前とともに、ほんの少し開けられたカーテンから覗いたのはやっぱり岩泉くんで。安堵したように息を吐いた彼は「大丈夫か」と、脇の丸イスへ座った。

なんで。どうして。
そんな疑問が顔に出ていたのかもしれない。岩泉くんは、少し眉を下げた。


「及川から具合悪いって聞いてな」
「…それで来てくれたの?」
「おう。迷惑かもだけど、心配した」
「迷惑だなんて、そんなことない」


苦笑混じりの言葉に慌てて応えると、少し驚いたように丸められた彼の瞳が「なら良かった」と細められる。こうして視線を交わしながら話すのは、何日ぶりだろう。ここ最近、岩泉くんの目に、真っ直ぐ私が映ることなんてなかった。
嬉しさと戸惑いに、目頭の奥がじんと熱い。


「あんま無理すんなよ」


ゆっくり伸ばされた手が、触れる寸前でぴくりと震えて、とまる。あの時から、ずっとそう。無意識に触れようとしてくれているのに、それでいいのに、岩泉くんは何を躊躇っているのか。いったい何に遠慮しているのか。


「…撫でて」
「え、」
「撫でて欲しいの」


ああ、胸が痛い。いろんな感情がぐるぐると渦巻いて、とても苦しい。きっと酷い顔になっているだろうから、枕に埋めて隠す。視覚が遮られ、より鮮明になった聴覚を覆う静かな沈黙に、ぎゅっとシーツを握った時。まるで壊れ物を扱うように、優しく、やわく、その大きなあたたかい手が頭を撫でてくれた。


「撫でられんの、好きなのか」
「……うん」


喉元までせり上がった言葉は嚥下した。
岩泉くんにだけだよ、なんて言えなかった。また視線が合わなくなることも、この手を伸ばされなくなることも、絶対に嫌だった。
そんな私の心中などきっと岩泉くんは全然知らなくて、同様に、岩泉くんの心中も私には全然わからない。


「いつでも撫でてやるから、早く元気になれよ」


優しく鼓膜へ泥む彼の声は、とても穏やかで落ち着いていて、心なしか弾んでいた。

その理由を知るのは、もう少し先のお話。
私が思い悩むことなんて何もなかった、とってもとっても、照れくさいお話。



(「ちょっと聞いてよなまえちゃん!岩ちゃんさー、なまえちゃんが可愛くなりすぎて全然見れないし、しかも綺麗にしてる髪の毛触ったら崩しちゃうから遠慮してたんだってー!」「っ、余計なこと言ってんじゃねえクソ及川!!」「痛い!」)