今年も君に恋をする



夏祭りに行くのは、これで四回目。

最初は中学三年生の時。
受験勉強の羽休めにと、貯めていたお年玉で買った浴衣を着て、友人達と一緒に行った。あまり人混みは好きじゃないけれど、綿あめを食べたり金魚をすくったり、とても楽しかったことを今でも覚えている。夜は大きな花火があがって、一人迷子になってしまった私は、そこで初めて、岩泉くんと出会ったのだ。



「今年は浴衣じゃねえんだな」
「毎年飽きるかなーと思って」


駅前まで迎えに来てくれた彼に、小さく手を振る。

高校三年生も半ばに差し掛かった今、中学の頃に買った浴衣は少し恥ずかしくて、結局お気に入りのワンピースにした。下駄よりもサンダルの方が歩きやすいし、今年は鼻緒が切れて迷惑をかけることもないだろう。

進学するのか就職するのか。バレーの邪魔をしないようにとまだ聞けていないけれど、もしかしたらゆっくり回れるのはこれで最後かもしれないし、丁度いい。岩泉くんだって、いつも私服だ。


差し出された手を握る。

付き合い始めた頃は、こうして手を繋ぐことも覚束なかった岩泉くんだけれど、この二年で随分慣れてくれたらしい。節ばった指が、自然な動作で絡められる。まるで私の心も一緒に囚われてしまったような感覚がくすぐったい。


「お腹すいたね」
「着いたらなんか食うべ」
「今年もポテト食べたい」
「あと焼き鳥と綿あめな」


他愛ない言葉を交わしながら足を進める。

背が低い私の歩幅に合わせながら、ちゃんと車道側を歩いてくれるあたりが岩泉くんらしい。そういえば、こういうさり気なさに惹かれたんだっけか。
一緒に過ごす時間が増えるにつれて、少しずつ岩泉くんを知って、好きなところがたくさん増えた。彼にとって、私もそうだったらいいと思う。歳を重ねる毎に好きが溢れて、一生このままだったら、それはどんなに幸せなことだろう。


ふわふわとした心地に、自然と頬が緩む。
きゅ、と握り直した手があたたかい。

会場まで、あと少し。

少しの沈黙が続く中、先に口を開いたのは岩泉くんで。「あのな」と、緊張をはらんだ声に顔を上げた。迷っているように言い淀む姿は、何を話していいか分からなかったあの頃と似ている。
「どうしたの」と続きを促せば、さまよっていた瞳が、ようやくこちらを向いた。


「…そろそろ、名前で呼んでもいいか?」


きゅ、と握り返された手。
いつの間にか止まっていた足。

私を見下ろす彼の耳はほんのり赤くて、高鳴る鼓動に急かされた私の体温も、ほんのり熱を持つ。


及川くんにでも言われたのかな。付き合って二年経つのに、まだ名字で呼んでるのって。
それとも、ずっと悩んでくれていたんだろうか。別に聞かなくたって、私が嫌がるわけもないのに。そんなところも好きだって胸を張れるくらい、好きで仕方ないのに。



「はじめ、くん」
「……なまえ」


とくり、とくり。

素直に脈打つ鼓動が、いつもより大きく聞こえる。気恥しそうにくしゃりと笑ったはじめくんの心音も、きっと速くなっているんだろう。

私の好きな人が、私の好きな声で、私の名前を呼んでくれることがこんなに嬉しいだなんて、またひとつ、知っていることが増えた。