ワンステップアップ
嫌な立ち位置だなあ。
私の前で涙を堪えている女の子の声をどこか遠くで聞きながら、ぼんやりと思った。
及川と付き合ってるんですか。
及川とどういう関係なの。
及川に近付かないで。
私が女の子から言われることといえば大体この三種類で、今は一番目と三番目の被害を受けている。
確かに及川は幼馴染みだし、色々相談に乗ってもらっていて良く一緒にいるから勘違いされやすいのは分かる。分かるけれど、私は断じてあんなチャラ男を好きにはならないし、そもそもあのヘタレをそういう目では見れない。
それを一々他人に説明するのも面倒くさくて、最近は専ら適当に否定するのが恒例になっている。
恋って言うのは面倒くさい。
そもそも"近付かないで"なんて言葉は、及川徹本人にとても失礼な発言だと、どうして彼女達は気付かないのだろう。
恋は盲目ってやつだろうか。本当に面倒くさい。
「ねえ、はじめ」
「何だ」
「私ってそんなに徹が好きそう?」
「はあ?」
目前でお弁当を広げているはじめは、急に何だとでも言いたげに、眉間にシワを寄せる。
「お前及川が好きなのか?」
「違うわ。やめてよ」
「じゃあ何だよ」
どうやら私の言った言葉の意味が理解出来ていないようで、少しムッとしたはじめの視線は、再びお弁当のおかずへと向けられた。
一応話は聞いてくれるらしい。ちなみに徹は、女の子からのお呼び出しに応じてるなうだ。
もぐもぐと食べている姿が可愛いなあ、と思いながら、私も菓子パンを口に放り込む。
「徹の彼女なんですかーって良く呼び出されるから、そう見えるのかなって」
「明らか見えねえだろ」
「だよねー」
「けどまあ、二人でいることは多いかもな」
「そう?」
「おう」
「そっか…」
はじめに言われると、何だか少し胸が痛い。
本当は徹じゃなくて、はじめとの時間が欲しい。その為に色々相談している時間が、きっと徹といる方が多いと錯覚させてしまう一番の原因なんだろう。
嫌だなあ。私は今目の前にいる男前が好きなんだけど、まさかそんなことが言えるはずもない。でも、あんなくだらないお呼び出しで休み時間を潰したくもない。
「ハアァ〜」
「辛気くせえ」
「だって…私徹にそんな気ないのに…」
「……お前好きな奴はいんのか?」
ちょっとした沈黙からの意外な質問に、自分でも目が丸くなったのが分かった。
ビックリした。そりゃいますけども。
何なら小学校の頃からずっと片思いですけど。
「何急に」
「いや、いんならそいつと付き合えば万事解決だろ?誰々の彼女って方が疑われねえべ」
「簡単に言うけど、ふられたらどうしてくれんの」
「慰めてやるよ」
「そういう意味じゃなくてさー」
最後の一口を食べ終えて、既に弁当が片付けられているはじめの机に項垂れる。
そう簡単に付き合えたら誰も苦労はしないし、そもそもこんなに長い期間片思いなんてしていない。でも聞いてみるには良い機会かもしれない。
少しだけ顔を上げてはじめを見る。
「はじめ的に私ってどうなの?あり?」
「…は?」
紙パックに伸びていた彼の手が止まり、こちらを凝視する目が丸められる。そしてそのまま停止。
まさかの質問だったとは思うけれど、そんなに驚かなくてもいいじゃありませんか。半開きの口がちょっと面白い。
私としては心臓がうるさいので早く返事が欲しいのだけれど、はじめのフリーズは当分とけそうになかった。
まあでも、女らしさの欠片もないオッサン系女子だし、リアクションも大して取れないし、自分で言うのもなんだが、結構面白味のない人間だと思う。まだ小さい頃から、何回及川に「つまんない」と言われたことか。そんな私じゃ、いくらはじめでもナシかな。
この際、この流れでサラッと告白しちゃって撃沈した方が軽傷で済むような気もする。今の私のメンタルなら、たぶんもつ。
なんて悶々としていると、いつの間に戻って来たのか、微妙な顔つきのはじめがジッと私を見ていた。
首を傾げたところで、廊下から及川に呼ばれる。
良いところで邪魔を、と思ったが、どうやら二人の時間を作ってくれようとしたらしい。
喉渇いたから何か買ってきて、なんて無理があり過ぎる理由だったけれど、文句を垂れながら自販機に向かうはじめの後をついて行こうとした時に「頑張りなよ」とウインクされた。軽く手を振っておいた。
まあ確かに、教室で告白はまずいよね。
断りにくいことこの上ない。
校舎を出て、自販機まで歩く。
あのクソ及川、どうどう、なんて会話をしていた中、最初に掘り返したのははじめの方だった。
一度鎮静した筈の心臓が、また音を立て始める。
「さっきの話、結局どういう意味だ」
「だから、はじめ的に私は付き合える対象なのかどうかってこと」
「それ好きな奴に聞かねえと意味なくねえか」
眉を寄せたはじめが、良く分からないと言った顔をする。全く鈍感め。いっそ気付いてくれれば、このうるさい心臓も少しは落ち着くだろうのに。
まあでも、この鈍感さがあるからこそ、強豪校のエースながらライバルが少なくて済んでいるのでなんとも言えない。
せっかく、あの及川が作ってくれた場だ。この先一生こんなことなんてないかもしれない。卒業も、まだ先とはいえ、もうすぐそこ。
自販機にお金を入れて、及川のジュースを適当に押したはじめが振り返る。
「お前コーヒー牛乳で良いか?」
「うん」
さすが幼馴染みなだけあって、私の好きな物は把握してくれているらしかった。
自販機から吐き出された紙パックのそれが「ん」と手渡される。
たまには奢ってやる、なんて、ああ、もう、ほんと。
「ねえ、私ってあり?」
「だから意味ねえって」
「あるよ」
紙パックを握る指先に力が入る。
「私、はじめが好きだから」
人生で初めての告白は、思ったよりもすんなりこぼれた。
緊張はしているけれど、顔が熱いとか真っ直ぐ見れないとか、そんな漫画みたいな変化はない。
はじめの瞳が段々と丸められていく。
正直、期待はしていなかった。ただ、伝えておかないと後悔するなって思っただけ。だから、ふられたって別に良かった。いや良くないけど、まだ軽傷で済む筈だった。早い話が、ふられると思っていたから、その場合のことしか考えていなかった。
なのに、はじめの首元は赤くなって、そうして顔を反らすものだから、どうしていいか分からなくなる。隠しきれていない赤い耳。そんな反応、ずるい。
「あの…期待、しちゃうんだけど…」
「………」
「はじめサン…?」
せめて顔を、と一歩近寄れば、大きな手に頭を押さえられ、ぐしゃぐしゃと雑に撫でられる。
ぐるぐるとまとまらない思考が回り出した時、聞こえたはじめの声は、とても甘酸っぱく胸に響いた。